どの位、この不健康極まりない生活が続いたであろうか。
あまりの空腹感に耐えかねて
夜中、俺は遂に部屋の冷蔵庫を開けてしまった。
其処には何と、普段なら有る筈の無い
サンドウィッチやカットフルーツが
皿一杯に盛り付けてあったのだ。
丁寧にラップを掛けられた状態で。
部屋は暗くしてあるし、島はよく眠っている。
冷蔵庫から洩れる明かりで目を覚まさないかと
ヒヤヒヤしていたが、余計な心配だった様だ。
少し位なら食ってもバレないだろう。
そう思い、手を付けてしまったが最後。
ものの数分で全て平らげてしまっていたのだ。
食ってしまった物は仕方が無い。
文句を言われたら謝っておこう。
俺はそのまま暢気に勉強机に向かった。
特に何をしようと思った訳でもない筈が。
すると隣の島の机の上には
一冊のノートが開かれた状態で置かれたまま。
偶然なのだろうか。
それは俺が苦手としている航海学の宿題部分だった。
流石に島は几帳面且つ綺麗な字で
しっかりと宿題を済ませている。
食の誘惑に負けた俺は
恥も外聞も気にする事無く、
自分のノートを取り出すと
堂々とその回答を丸写しした。
食欲が満たされ、宿題の心配も無くなった俺は
久々に安心してベッドで安眠を貪る事が出来たのである。
* * * * * *
不思議な事に、翌朝になっても
島は俺に対して何も言ってこなかった。
いつもの様にニコニコしているだけだ。
その日の晩、また同じ様に冷蔵庫には
ラップで包まれた美味い飯。
今日はどうやらチャーハンらしい。
ポットにはまだ温かいスープまで。
そして、昨日とは違う種類のカットフルーツ。
机の上には宿題分のノート。
こんな現象が5日間も続けば
幾ら莫迦な俺だって或る程度の察しは付く。
態とだ。
島は態とこれ等の準備をしているんだ。
だが…一体、何故?
何の為に、こんな手の込んだ事を…?
* * * * * *
珍しく食堂の前を歩いていた時に、
俺は学生同士の立ち話を小耳に挟んだ。
島がここ数日間、厨房を借りて
何か料理を作っていたと云う事。
それ等をラップして自分の部屋に運んでいた事。
やはり島は…俺の為に?
「あら、古代君!」
食堂勤務のおばさんが
人懐っこい笑みを浮かべながら
ニコニコと此方に向かってやって来た。
「良かったわ、元気になったのね!」
「…え?」
「島君が心配していたわよ。
何でも…『古代君が具合を悪くしていて
食堂まで晩御飯を食べに来れないから
自分が作って部屋に運ぶんだ』って」
「そ…そうだったんですか……」
「古代君?」
「えぇ、御蔭様でこんなに…」
島の奴。
こんなにつまらない嘘を吐いてまで
俺なんかの為に其処まで…。
胸がとても熱く、苦しくなる。
こんな感覚は知らない。
生まれて初めてだ。
今度こそちゃんと礼が言いたい。
島が…、ダイちゃんが
俺の事をもう忘れてしまっていたとしても、
俺はもう気にしたりしない。
彼の優しさを、素直に受け容れよう。
つまらない意地なんか張らずに、
せめて彼の前でだけは正直に成ろう。
そう心に決めながら
笑顔一つ作れない俺を…
部屋で読書に耽っていた島は
いつもと変わらぬ温かい笑顔で
優しく迎え入れてくれた。 |