その時を迎える事だけは避けたいと願っていた。
俺も、アイツも…それは同じ。
だからこそ、余計に肌を重ね 想いを分かち合ってきた。
同性同士の肉体関係は俺に背徳心を突き付け
息子の写真を真っ直ぐ見られなくなる事態を
容赦無く突き付けられもしたが…。
素直になれぬまま大人になった俺には
最早、引き返す術など考えられなかった。
「島?」
不意に声を掛けられた俺の表情は
どんなに強張っていただろう。
「どうしたんだよ、お前? 顔が硬いぜ」
「怖い…んだろうな」
「どうして? 放射能除去装置は手に入れたんだ。
後は地球に帰るだけ。そうだろ?」
「……」
「島……」
「似てるんだ。この感覚…」
「似てる? 何に?」
五年前、一時的とはいえ
俺達が離れ離れになる原因となったあの事故。
前日に感じた言い知れぬ不安は、
翌日にその意味を俺に痛感させた。
だが、俺には言えなかった。
古代を想うからこそ、言えなかったのだ…。
「…なぁ、古代」
「ん? どうした?」
「……」
「島?」
「溺れさせて、くれない…かな」
「? 何に?」
「…お前の事だけを、考えていたい」
「島……」
夫としても、父親としても、パイロットとしても…
俺は何一つ満足な結果を残せずにいた。
古代の腕に抱かれながら、更に俺は思う。
俺は本当に、古代の為に成れているのだろうか…と。
縋るしか出来ない我が身が、情けなくも感じていた。
「島…」
首元に残された口付け。其処を更に強く、古代が吸う。
微かな痛みと共に残された痕を目視し、流石に狼狽した。
目立つのだ。幾ら何でも隠し切れない場所に、コイツは…。
「お前は、俺の大切な人。その証を残した」
「だからってこんな、首元にキスマークは…っ!」
「良いじゃん。コレで誰もお前に手が出せなくなる」
「俺に手を出す様な物好きなんて居ないよ」
「じゃあ、俺は【物好き】なんだ? ふぅ〜ん」
「古代……」
「お前、解って無いな。本当に自分の事【だけ】は解ってない」
「…?」
「お前がどんなに魅力有る男か、どんな凄い人間か。
俺が一番、お前の事を理解してるんだぜ…大介」
『大介』
そう呼ばれたのは、まだ俺達が子供だった頃以来…久しぶりの事だった。
宇宙戦士を目指す為の訓練生になった頃には
既に苗字で呼び合ってたから。
妙に新鮮で、それ故に鼓動が激しく高鳴っている。
「喜びも悲しみも二人で分け合おうって…約束したろ?
だから一人で背負い込むなよ。
地球に戻って、今度こそ次郎君の未来を切り開くんだ。俺も力に成る」
「まるで…プロポーズみたいだな」
「何? お前、嫁さんにこんなプロポーズしたのか?」
「…さぁな、忘れたよ……」
「大介ぇ〜。お前がそんな大切な事忘れるとは思ってないぞ、俺は!」
「…恥ずかしいから。忘れたで良いじゃないか…」
「駄目だ! この際だから俺に洗い浚いぶちまけてもらうぞ」
「こ…こらっ、止め……っ!」
「俺の事しか考えられない位、ちゃんと抱いてやるから。こうやって…」
「こだ…いぃ……っ」
「お前の声、もっと聞かせて。俺の事、【進】って呼んでくれよ。昔みたいに」
「す…すむ……?」
「あぁ、そうだよ。さぁ、大介……」
再度の口付け。愛撫と、抱擁。あぁ、段々と意識が蕩けていく…。
このまま…溺れてしまっても、良いんだよな? 今だけは、このままで…。
今、この一瞬は…古代の、進だけの存在で、良いんだよな……?
* * * * * *
戦士の本能。そう言い切るのは簡単だ。
だが、目の前の出来事をどう表現すれば良いのか。
俺の嫌な予感は…地球を目の前にして、最悪の形で的中してしまった。
全滅したと思っていたガミラスの戦艦。
それを操る最後の敵、デスラー。
奴は地球を道連れにしようとしているのだ。
此処で諦めたら、全てが無駄になる。
此処迄俺達を守ってくれた全ての生命が。
加藤…山本…古屋…杉山…飛田…星野…根本……
真田さん…斉藤……そして、沖田艦長……。
皆の想いが、生命が…こんな所で終わって堪るか……っ!
この時を想定して、ではないつもりだったが…
俺は密かに脱出用カーゴを用意していた。
コンピューターに俺の航路プログラムを構築し、
地球へ帰還するルートを記憶させる。
共にこの作業に従事した太田に、
カーゴの舵取りを任せようとも考えていた。
ヤマトはきっと、航海班長である俺の力を必要とする。
意識を失った雪の体をそっと椅子に座らせると、
俺は徐に自身のドックタグを外した。
「島…? 貴方、一体何を……?」
「…残ります。後の事は佐渡先生、貴女にお任せします」
「だって貴方…地球に息子さんが……」
「俺は…地球に【還り】ます。
その為に、ガミラスの勢力を完全に沈静化しないといけないんです」
「だからって貴方まで……っ!」
「先生…。俺は子を持つ父親として、重大な任務を途中放棄して
地球に、息子の元へ逃げ帰る訳には行かないんです」
「島……」
「先生。雪の事を、お任せしても良いですか? 彼女は……」
「…解っているわ。もう、何も言わないで頂戴。
貴方の息子さんの事も、責任を持って……」
「……有難う…御座います」
俺は懐から、大切にしていた1枚の写真を取り出した。
それを佐渡先生に手渡す。そして、ドックタグは雪の右手の掌に。
「俺の息子に、次郎に会ったら…宜しく伝えてくれ、雪……」
時間は刻一刻と迫っている。悠長な事をして居る場合ではない。
俺は気を引き締め直し、足早に廊下へと戻った。
「太田。お前の腕なら大丈夫だ。ヤマトがカーゴを護衛する。
皆を地球へ…頼んだぞ!」
「島さん…。はい、必ず…っ!」
俺は、此処で別れる事になる戦友達へ…
敬礼を以って、地球に送り出したのだった。
* * * * * *
『これよりヤマト生存者11名が脱出する』
「必ず地球迄送り届けてくれよ」
『…了解!』
「これよりヤマトはガミラスミサイルの撃破に向かう。
成功を祈っててくれ…」
『古代っ!』
誰も居ない第一艦橋なんて初めて見た。
俺が乗り込んだ時には既に、
艦長も、真田さんも…島も、皆 揃っていたから。
島…。お前にはいつも、嫌な役ばかり押し付けてたな。
五年前だってそうだ。俺は辞める事で自分を守る事が出来た。
しかしお前は、重責を負ったまま…
息子の、次郎君の為に耐えなければならなかった。
今更ながらに気付く、お前の存在感。
何も言わず、常に俺を支えてくれていたお前の優しさ。
忙しなく動き、波動砲の準備に取り掛かりながら
俺は視線を脱出したカーゴへ、その操縦席に移した。
「…居ない?」
居る筈の姿が何処にも見当たらない。
操縦席、全員が乗り込んでいる場所にも…
何処にもアイツの姿が無い。
どうしてだ? 一体何処に消えたんだ? 何故?
答えが見えず、激しく狼狽する。
背後からドアの開く空気音が聞こえた様な気がした。
最早誰も居ないこのヤマトでドアを開ける奴なんて。
だが、俺の目の前に現れた幻は極自然に操舵席に腰掛けると、
慣れた様子でヘッドセットを装着していた。
「操縦、返してもらうぞ」
この一言で我に帰った俺の心を支配したのは、【怒り】だった。
そのままの勢いでアイツの…島の胸倉を掴み、立たせる。
「莫迦野郎ッ! 何戻って来てんだよっ!
お前には次郎君が…、それに…雪の事だって……っ!」
「大丈夫だ。雪の事も、息子の事も…佐渡先生に託してある。
地球に戻ってからも問題無い様に」
「カーゴの操縦はっ? 俺は言った筈だ!
『お前じゃなきゃ無理だ』と…っ!」
「操縦だけならプログラムで幾らでもフォロー出来る。
それに適した奴が操縦してるんだ、問題無く地球に戻れる」
「だけど…。だからって……っ!」
「古代…。っ!」
それまで目の前で笑顔を浮かべていた島は、急に表情を強張らせると
俺を突き飛ばす様にして自席に就いた。
「し…島…?」
「振り飛ばされない様に、何処かへしがみ付いておけっ!」
その直後、ヤマトの船体が大きく傾き
ミサイルの衝撃により更に激しく揺れた。
ガミラスミサイルは間違い無く、カーゴ目掛けて砲撃していたのだ。
そして、島はその攻撃をヤマトで遮った。
コイツがヤマトに戻って来た本当の理由は…
カーゴをより確実に地球へ送り届ける為だったのだ。
「古代! ヤマトをガミラスミサイルの中心部ギリギリ迄近付ける。
それ以降は…お前に任せたっ!」
「あぁ、任せておけ 島!
お前は何も考えず、ヤマトの操舵に専念するんだ!」
「言われなくてもそのつもりだ!」
こんな状況だと言うのに、今度は心の底から嬉しくなっていた。
きっと島も同じ思いだと感じている。
あの頃に、共にコスモ・ゼロのパイロットとして
名を馳せていた頃に戻れた様な気がして…とても嬉しかった。
この五年間で喪ったものが不意に自分の元に戻って来たかの様な錯覚。
「ガミラスミサイル中心部迄、残り距離…8000宇宙キロ」
島のカウントを耳に、俺は再び艦長席にて波動砲の発射準備を再開した。
その間もヤマトはカーゴを庇い、
ガミラスミサイルの攻撃を受け続けている。
「残り3000宇宙キロ」
「カーゴが…カーゴが地球に吸い込まれていく……」
俺はその時、確かにカーゴが地球の大気圏に入っていくのを見届けた。
これで地球は救われる。
俺達の戦いは報われたんだ。
「残り700宇宙キロ」
島のカウントと共に爆雷の衝撃も大きくなってくる。
敵だって必死の筈。
本当の戦いは、寧ろ此処からなのだ。
「ターゲットスコープ……オープン」
波動エンジンの出力は問題無い。
後は照準を合わせて引き金を引くだけだ。
流石に手が震えてくる。
『…まだだ』
最初に波動砲を撃った時の、そのプロセス上での
沖田艦長とのやり取りが突然脳裏に蘇った。
思えば生意気で頑固な俺を、
艦長はよくも此処迄育て上げてくれたものである。
志半ばで戦場を後にした偉大なる沖田艦長の為にも、
我等が愛する地球の為にも、この一発は外せない。
「電影クロスゲージ 明度20」
「残り200宇宙キロ」
此処迄は順調だ。大丈夫、俺達ならやれる。
そう、安堵していた。
「残り90宇宙キロ。
…っ、うわあーーーーーーーーーーーっ!!」
「? 島ッ!」
敵ミサイル中心部迄 残り100宇宙キロを切った時、悲劇は起こった。
島の座っている操舵席のコンソール部分が爆発を起こし…
彼の体は艦長席付近の壁迄吹き飛ばされたのだ。
勿論受身等取れる筈も無く、島の体はそのまま力無く床に崩れ落ちた。
「島! 島ぁーーーーーーーーーっ!」
慌てて島の体を抱き起こしたが…
爆破の衝撃から頭部を庇う為にと咄嗟に使った両腕も、
胸の辺りも焼け爛れている。
「島! 島っ!」
俺の呼び掛けに答えようと、島は口を動かしてはいたが…
最早其処から声が漏れる事は無い。
しかし島の指は震えながらも、
真っ直ぐにガミラスミサイルを指差していたのだ。
『何をしている? 撃て、古代っ!』
焼けた咽喉から音を発する事が出来なくても、
俺には確かに島の激励が聞こえていた。
「…解ったよ、島。後は俺に任せて、
ゆっくり休んでくれ。俺の…隣でな……」
俺は島の体を抱えると艦長席の脇にそっと座らせた。
此処迄共に戦って来たんだ。一緒に還ろう、俺達の地球へ…。
ヤマトの速度も落ちる事無く、ひたすら前へ前へと進んでいる。
【緊急自動運転】の赤ランプが点っており
こうなる事を予期していた島が一人で此処迄備えていた事を
俺は今、改めて認識した。
気を緩めてはならない。
俺はもう一度ガミラスミサイルを見定めようと正面を向いた。
『古代…』
「えっ?」
光り輝く宇宙。そしてその光に包まれ、此方を見ている人影。
加藤、山本、古屋…。真田さん、斉藤、徳川さん…そして、沖田艦長……。
心が一杯になり、視界が一瞬潤んでしまう。
だが、艦長がゆっくりと大きく頷く姿を確認すると、
俺は答える様に頷き返した。
「エネルギー充填 120パーセント!
目標…ガミラスミサイルっ!」
ヤマトのエネルギーが漲っていく。
全てをぶつけ、そして…今度こそ終わらせる。
「波動砲発射、10秒前!
9、8、7、6、5、4…3…2……1…っ」
『古代さん……』
不意に雪の声が聴こえた。
その手を握り返す事は叶わないとしても…
俺は、これからもずっと…お前の傍に……。
「雪……」
引き金を掛けていた指が力強く動く。
『…次郎』
その瞬間、俺の右側から微かな声が聞こえて来た。
愛息子の名を呼ぶ、偉大なる航海班長の声が…。
もう一人の、俺の最愛の存在の声が……。
「大介…還ろう、皆の元へ。還ろう、俺達の地球へ…」 |