決して【望まれた】物ではなかった。
それは、よく自覚している。
俺は【生まれてきてはいけない存在】だと思っていた。
あの時迄は…。
それは静かな朝。
金の髪を持つ少女はいつもの様に
衛兵の目を盗んで、国境の泉に向かう。
此処が唯一、自分を只の少女の戻す場所だった。
「もう、やってられないわよ!」
見事な金髪を靡かせ
一人の少女がそうぼやいている。
「どうでも良いでしょうが!
私が『長』の妹だからって
『大人しくしろ』だの『上品にしろ』だの!!
もうウンザリ!
私には耐えられない。
あんな息の詰まる所なんて、大嫌い!」
この小さな森は自分のお気に入りの場所だった。
部族同士の勢力圏に位置しない
中立の地。
誰も来ない。
それが心地良かった。
「あ~ぁ、私…普通の女の子に生まれたかったな」
少女はそう言うと
柔らかな芝生に体を投げ出した。
彼女の名はエリス。
光一族が族長、光釈菩来のただ一人の妹。
年は人の年齢で言う17~18歳といったところか。
光一族は人間の前身と言うべき存在である。
現在社会で天使と言われる者に最も近い。
光と闇の混在する、
まだ世界が一つだった頃の平和な一時。
「ここは中立地帯だから絶対安心だって、いつも言ってるのに…」
エリスは姉の立場の大変さをあまり理解したくない。
姉はいつも一人で光一族を支えている。
それはある意味で素晴らしいことだろう。
だが女の幸せも持てず、
何一つ自由のない姉の姿など見たくはない。
エリスは光一族が大嫌いだ。
「霊気を持ってる事が何の役に立つというのかしら?
自分一人じゃ何も出来ない存在のクセに」
彼女の憤りを此処の泉だけが癒してくれる。
敵対する闇一族の領域に
最も近いこの場所に来る変わり者は、
自分以外誰も居ない。
光一族の天使に対し、闇一族のそれは悪魔。
光と闇は相反する存在である。
共に存在しなければならない者でありながら、
いつも睨み合う関係。
光一族の殆どは闇一族がどの様な者かを全く知らない。
交流などは一切無く、
生まれた時から憎むべき存在として教育されると云う、
一種の精神支配。
エリスが一族を嫌う理由の一つだ。
「どうして【戦い】なんて有るんだろう…?」
素朴な疑問だった。
どうして戦わなければならないのか、
その意味を知る事も無かった。
「話し合えないのかな…」
この泉を見つめていると
いつも湧き上がってくる『疑問』。
しかし、それを解決させる術は無く。
エリスは溜息を吐きながら
蒼と翠の世界に身を委ねていた。