街角にて

1.始まり(第壱幕)

若干廃れた繁華街。
爛れた若者と酔っ払いが行き交う雑踏。
こう云う場所は大抵『荒れる』と相場が決まっている。
酒が引き寄せるのか。それとも肉欲か。
玉虫色の欲情が織り成す愛憎劇は
この場所に居ればその土台を確認出来る。

つくづく人間とは【愚かな生き物】である、と。

あにぃ、今日はサッパリでしたね」
「まぁこう云う時も有るさ」
「しかし兄ぃは選り取り見取りじゃないッスか!
 何か、勿体無ぇなぁ…」
「俺から言わせれば
 【ボン・キュッ・ボン】の濃度が足りないんだよ。
 どうせ遊びなんだからそれ位の楽しみはな」
「…遊びなんだ」
「ナンパで婚活する莫迦が何所に居る?」
「居そうなもんですけどね」

フッと鼻で笑い、男は賑やかなネオン街に目をやった。
フリースのパーカーと濃い色のGパン。
そして一昔前に流行ったバスケットシューズ。
軽装が却ってガタイの良さを見事に表現している。

その隣に居る男もそれなりの筋肉質だ。
特徴的な丸刈りの頭が
この街ではやや異色に映っているが。

寿星じゅせい
「はい」
「お前さ、帽子位被って来れば?
 坊主頭丸出しってのも格好悪いぜ」
「…俺を坊主頭にしたのは兄ぃの所為でしょ」
「そうだっけ?」
「そうッスよ!
 兄ぃが跡目継がないからこうして俺が…」
「俺はヤクザの組長候補じゃねぇよ。
 【跡目】とか言うな、紛らわしい」
「…宮司だって似た様なもんでしょ?」
「まぁなぁ。親父の見た目はどう考えてもヤク…」
「? 兄ぃ?」
「しーっ」
「?」

男は自身の口の前に指を立てて牽制する。
何かを発見したのだ。
寿星も声を抑え、視点を路地裏に移した。
証明の無い暗闇の奥、何かが蠢く。
そして、聴こえてくる罵声。

「喧嘩…ッスかね? にしては雰囲気が変だ」
「絡まれてるのかもよ」
「こんな所で? 面倒臭ぇなぁ…って、兄ぃ?!」
「面白ぇ。一寸顔出してくる」
「兄ぃの悪い癖が始まった…」

男の表情は明るく、寧ろ楽しげだ。
寿星は半ば諦めた面持ちで
男の後に随って路地裏へと進んだ。

* * * * * *

視界も痛みも
既に何処かへ行ってしまったかの様だ。
耳の聞こえも悪くなってきている。
着物をグイッと引っ張られた様だが
布の裂ける音が遠くで聞こえた程度。
この着物も随分と古くから着ている物なので
そろそろ朽ち果てても可笑しくは無いだろう。
何所かで、そんな他人事の様に捉えている。

目の前の黒い物体、正確には黒服だが
先程から同じ論調の繰り返しだ。
好い加減、返答するのも煩わしくなった。
早く終わってくれないだろうか。
頭の中では、そんな言葉が出てくる始末。
何時になれば解放されるのだろうか、と
期待を持てずに殴られ続ける、そんな矢先だった。
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