喰らう

2.退魔師(第壱幕)

その表情は正しく【ヤスのもの】であった。
しかし、ヤスを思わせるのは頭部のみ。
首から下は歪な迄に肥大化していた。

「これ…は……」

寿星の声が出なくなる訳だ。
目の前に居るのはヤスの顔をした化物そのものだった。

「【魔】に…喰われる……」

目にしたのは朔耶も、そして寿星も初めてだった。
【魔】に喰われた被害者が【魔】と化したその姿を。

助ケテ…助ケテ、クレ……
「ヤスさん…」

声は既に人間のものではなかった。
言葉すら、本当に『ヤス本人が発している』のかどうか
それすら定かではない。

(十六夜の問い掛けが…これか。
 まさか、こんなに直ぐ遭遇するとは思ってもみなかったが…)

今回の一件はもっと軽く考えていた。直ぐに片が付くだろう、と。
だが現実は余りにも残酷だった。ヤスは【魔】に喰われ、【魔】と化した。

対抗するにも手段は何も無い。
このままでは自分も、寿星でさえも【魔】に食われるのは時間の問題だ。

(どうする? どうすれば良い?
 頭ん中が真っ白で、何も考えられねぇ……)

恐怖がもたらす焦りが四肢を支配する。
動く事も、目を背ける事も出来ない。正に【蛇に睨まれた蛙】であった。

* * * * * *

助ケテ……

嘗てはヤスだったものの、大木の様な腕が撓りながら朔耶を襲う。

「?!」

最初の一撃は透明な壁に遮られた。結界である。
役目を終えたのか、胸元に入れておいた数珠は粉々に砕けている。
しかし、腕は更に朔耶を狙った。

「何だ?」

既に守る術を持たない朔耶を救ったのは、真っ白な一羽の鳩。
まるで自らが光り輝く様にして、彼の周りを羽ばたいている。

「こんな時間に…鳩…?」
「式神か…。しかし、一体誰が…」

一羽だった鳩は、やがて二羽、四羽と数を増やし
目の前の【魔】を牽制している。
鳩の大群に襲われた格好の【魔】はそれ等を薙ぎ払うのに必死で
朔耶達には手が出せない。

「これは……」
「【影喰かげくい】の仕業じゃ」

闇夜から姿を現したのは自宅に居た筈の十六夜だった。
朔耶が貸し与えた浴衣姿のまま静かに此方に向かって来ている。

「十六夜…」
「朔耶、寿星。下がっておれ。この始末、お主達には荷が重い」
「しかし……」
「お主に彼の者が討てるのか? 朔耶」
「……」

静かに、だが厳しい口調で十六夜は朔耶と寿星を牽制する。
それでも、何とかヤスを救いたい一念で2人共 後には退けずに居た。

「…邪魔じゃ。お主達が居たのでは足手纏いになる」
「な、何だとッ!!」
「止せ…寿星…」
「しかし、兄ぃ…っ!」
「……解った、十六夜」

朔耶には解っていた。
十六夜がこれから行う事。
それが果たせなければ、恐らくは彼等がこの先、
退魔師とは成れないであろう事も。
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