しかし、ヤスを思わせるのは頭部のみ。
首から下は歪な迄に肥大化していた。
「これ…は……」
寿星の声が出なくなる訳だ。
目の前に居るのはヤスの顔をした化物そのものだった。
「【魔】に…喰われる……」
目にしたのは朔耶も、そして寿星も初めてだった。
【魔】に喰われた被害者が【魔】と化したその姿を。
「助ケテ…助ケテ、クレ……」
「ヤスさん…」
声は既に人間のものではなかった。
言葉すら、本当に『ヤス本人が発している』のかどうか
それすら定かではない。
(十六夜の問い掛けが…これか。
まさか、こんなに直ぐ遭遇するとは思ってもみなかったが…)
今回の一件はもっと軽く考えていた。直ぐに片が付くだろう、と。
だが現実は余りにも残酷だった。ヤスは【魔】に喰われ、【魔】と化した。
対抗するにも手段は何も無い。
このままでは自分も、寿星でさえも【魔】に食われるのは時間の問題だ。
(どうする? どうすれば良い?
頭ん中が真っ白で、何も考えられねぇ……)
恐怖がもたらす焦りが四肢を支配する。
動く事も、目を背ける事も出来ない。正に【蛇に睨まれた蛙】であった。
「助ケテ……」
嘗てはヤスだったものの、大木の様な腕が撓りながら朔耶を襲う。
「?!」
最初の一撃は透明な壁に遮られた。結界である。
役目を終えたのか、胸元に入れておいた数珠は粉々に砕けている。
しかし、腕は更に朔耶を狙った。
「何だ?」
既に守る術を持たない朔耶を救ったのは、真っ白な一羽の鳩。
まるで自らが光り輝く様にして、彼の周りを羽ばたいている。
「こんな時間に…鳩…?」
「式神か…。しかし、一体誰が…」
一羽だった鳩は、やがて二羽、四羽と数を増やし
目の前の【魔】を牽制している。
鳩の大群に襲われた格好の【魔】はそれ等を薙ぎ払うのに必死で
朔耶達には手が出せない。
「これは……」
「【
闇夜から姿を現したのは自宅に居た筈の十六夜だった。
朔耶が貸し与えた浴衣姿のまま静かに此方に向かって来ている。
「十六夜…」
「朔耶、寿星。下がっておれ。この始末、お主達には荷が重い」
「しかし……」
「お主に彼の者が討てるのか? 朔耶」
「……」
静かに、だが厳しい口調で十六夜は朔耶と寿星を牽制する。
それでも、何とかヤスを救いたい一念で2人共 後には退けずに居た。
「…邪魔じゃ。お主達が居たのでは足手纏いになる」
「な、何だとッ!!」
「止せ…寿星…」
「しかし、兄ぃ…っ!」
「……解った、十六夜」
朔耶には解っていた。
十六夜がこれから行う事。
それが果たせなければ、恐らくは彼等がこの先、
退魔師とは成れないであろう事も。