【魔】の存在

2.退魔師(第壱幕)

『【魔】は事も無げに人を喰らう。時には仲間を、そして家族を。
 【魔】に喰われし者は、新たな【魔】と成り お主達に牙を向く。
 その時、お主ならばどうする?』

十六夜から投げ掛けられた質問。即答する事が出来なかった。
どう答えるべきだったのか。
それともやはり…答える事は出来なかっただろうか。

朔耶は月を見上げながら一人、物思いに耽っていた。

「人ならざるもの…か」

【魔】に対抗するには、人知を超えた【力】を要する。
人はそれを様々な名称で呼び、時には過剰に恐れてきた。

「俺がこの力に気付いたのは…何時頃だったかな?
 導いてくれたのは師匠だけどさ。
 親父はこっち系はサッパリだったから
 やっぱり、お袋の血筋なんだろうか」

不意に月が色を変えていく。
少なくとも、朔耶には【白い月】が【血の様に赤い月】に
変貌していくのが見えた。

「…出やがったか」

丁度その時、携帯の振動がポケットから響いた。
街に繰り出している寿星からだ。

『兄ぃ、俺ッス!』
「出たか」
『はい。兄ぃの睨んでた通り! 今、ヤスの兄貴が…』
「よし、俺も行く」

素早く電話を切ると、朔耶は身支度を始めた。
持って行く物等は特に無かった。
只、母親がくれた数珠だけは退魔の際には必ず持参していた。

「…出掛けるのか?」

家から出る直前、玄関で十六夜と擦れ違う。
朔耶の気配から何かを感じ取ったらしい。

「あぁ。直ぐに戻るから」
「……」
「十六夜?」
「…気を付けてな」
「あ、あぁ…」

思い掛けない言葉に拍子抜けする。
気を取り直し、靴を履き終えると
朔耶はそのまま風の様に駆け出して行った。

「…今の朔耶達では荷が重かろう」

十六夜は未来が全て見える訳ではない。
だが、街に漂う気配を察知し【魔】の力量を図る事は出来る。
その上で朔耶達が苦戦すると読んだのだ。

「お主の力を要する時が訪れた様だ。
 今再び、我が【かいな】となってくれるか?」

何者かに優しく語り掛ける十六夜。
今迄誰にも見せた事の無い穏やかで、しかし何処か悲しげな表情だった。

* * * * * *

朔耶が現地に到達した時、月はその姿を雲の間へと姿を隠していた。
外套は何故か皆、灯りを落としている。
唯 闇だけが存在する異様な空間が其処に在った。

「兄ぃ!!」
「寿星、無事か?」
「お…俺は無事ですけど……」
「どうした?」
「ヤ、ヤスの兄貴が…」
「ヤスさんがどうした? 答えろ、寿星っ!!」

何も言わず、寿星が指差したその先に…
朔耶は信じられない光景を目にした。
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