苛立ち

2.退魔師(第壱幕)

寿星の叫びに、朔耶は驚きの表情を浮かべた。
言われた十六夜は何も反論しない。
黙って寿星を見つめるだけだ。

「アンタならヤスの兄貴を助けられたんだろ?
 それだけの力、持ってんだろっ?!
 何で殺したんだよ! 答えろよっ!!」
「…それしか、救う術は無かった」
「嘘だッ!!」
「事実じゃ。
 【魔】に乗っ取られてからの時間が長かった為
 魂が大半喰われておった。
 【人としての念】が残っている内に
 手を打つ他無かったのじゃ…」
「だからって…」
「もう止めろ、寿星っ!!」
「兄ぃ…」
「ヤスさんを救えなかったのは俺達の方だぞ。
 十六夜を責めるのは…筋違いだ……」
「……」

魂が全て食われてしまう前に…。
ヤスの血の涙を、十六夜は感じたのだろう。
だからこそ、心を鬼にして行動に出た。
こうして責められるのも、解っていた筈だ。

「済まなかった、十六夜…。俺達は……」
「…早く行け。もう直ぐ、街が動き出す。
 そのままでは人目に付いて困るのだろう?」
「あ…あぁ……」

今はヤスを弔うのが先だ。
朔耶はそう判断し、未だに納得いかない寿星を
半ば強引に自宅へと連行させた。

* * * * * *

騒動を感知したのであろう。
帰宅した際には鳥居の前で乾月が待っていた。

「師匠…」
「ヤスが、逝ったか…」
「…はい」
「……」

乾月にとってもヤスは可愛い弟子だった。
この様な形での再会は勿論、避けたかった事であろう。

「お前達2人が無事で良かった」
「師匠…」
「……」

そのまま何も言わず、3人は境内に入った。

* * * * * *

雨脚が強くなる。
静かにヤスの供養を終えると
乾月は朔耶と寿星から事の成り行きを聞いた。

「相手は【影喰】であったか」
「はい…」
「それでは、お前達じゃ太刀打ち出来なかったな。
 奴を仕留めるにはそれ相応の【武器】が必要だ。
 呪符で抑えが利く程、生易しい相手ではない」
「……」
「ヤスは呪符使いとして良い腕を持っていたが…
 流石に今回は焦りが出たのだろう。
 気を充分に練らなければ呪符は効力を発揮出来ない」
「……」
「ヤスは喰われながらも、懸命にお前達を守ろうとしたんだな。
 お前達を喰わせない為に、最期迄 必死に戦い抜いたんだろう…」
「ヤスの兄貴……」
「ヤスさん……」
「【影喰】は影に潜み、狙った人間の体を喰らう。
 体を手中に収めたら、宿り主の魂を食らう。
 そして又、新たな獲物を狙う。
 闇夜で【影喰】と相対するは…自殺行為だ」
「だからあの鳩…あんなに光り輝いてたのか…」
「鳩?」
「えぇ、多分式神だと思いますが…」
「十六夜、か」
「…はい」
「成程な」

乾月は深く溜息を吐き、朔耶と寿星を見つめた。
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