涙 雨

2.退魔師(第壱幕)

雨はいよいよ本降りと化し、雨音は激しさを増していた。

「十六夜は…まだ外の様だな」
「……」
「……」
「彼を許せないか? 寿星」
「…俺は」
「別に彼は許しを請う奴でも無いがな。
 誰に恨まれても、妬まれても彼は自分を捨てない男だ。
 それは私が一番よく知っている」

乾月はゆっくりと立ち上がり、窓から外を見つめた。

「今日の雨は冷たいかな…。そろそろ冬も近付いて来ている」
「師匠…」
「病み上がりの体には、堪えるかな…」
「……」

乾月には解っていた。
きっと十六夜は、まだあの場所に居る筈だ。
ヤスが事切れた場所に。
この激しい雨に打たれながら一人立ち尽くしているに違いない。

「朔耶、寿星。十六夜が、怖くなったか?」
「「え?」」
「人ならざる者。それが十六夜と云う存在だ。
 言ってみれば、人の形をした【化物】だな。
 今回の件で、それが解っただろう?」
「……」
「……」
「だから十六夜は人と触れたがらない。
 自分が何者であるか、解っているからな。
 人と接する事無く、生きていくしかない。
 彼は今も、そう思っている。
 だからこそ十数年前、私の前からも姿を消した。
 私の迷惑にならないようにと…な」
「……」
「私は後悔している。
 何故あの時、十六夜の手を掴んでやれなかったか。
 何故、失踪を見逃してしまったのか…とね」
「師匠……」
「朔耶。お前には言っておいたな。
 『十六夜と共に【生きる】のであれば、
 それ相応の覚悟だけは持っておけ』と」
「…はい」
「覚悟が持てないのであれば、それでも良い。
 このまま無かった事にすれば良いだけだ。
 その方が、互いの傷も少なくて済む」
「それは…このまま、別れろ…と?」
「そう云う事だ。十六夜と云う存在を忘れてしまえば良い」
「……」

寿星が心配そうに朔耶を見ている。
朔耶自身は十六夜の事を【怖い】とは思わなかったが
逆に寿星はどう思っているのだろうか。

朔耶は十六夜の事を忘れられそうにも無かった。
あの悲しげな表情の意味が、漸く見えて来たのだ。

(こう云う事だったんだな…。
 こうなると解っていて、十六夜の奴…)

激しい雨音は収まりそうに無い。
朔耶にはこの雨が十六夜の涙に思えて仕方が無かった。

「寿星」
「はい、兄ぃ」
「俺、今から十六夜を迎えに行く」
「…はい。兄ぃならそう言うと思ってました」
「寿星…」
「俺、まだ気持ちが落ち着かないから…。
 彼奴に会ったら、又酷い事言いそうだから…
 暫く、師匠の処に厄介になっても良いッスか?」
「それは構わんよ」
「じゃあ師匠、宜しくお願いしますね。
 兄ぃ、十六夜の事…頼みます」
「ありがとう…寿星、師匠」
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