悩 み

3. 好敵手(第壱幕)

ヤスを喪ったあの事件から1ヶ月経った。
寿星と十六夜の間に生じた歪は多少形を残したままである。

アレから数件の依頼を受けたが
何れも十六夜が現場を訪れる事は無かった。
【影喰】の能力が朔耶達3人を軽く凌駕していたからこそ
十六夜はその才覚の一片を発揮したのだろう。

(本人の望みとは真逆ながら…か)

月夜には屋根に上り、座禅を組んで瞑想する。
そんな十六夜の習慣にも慣れつつあった。
多くを語ろうとはしない彼の秘められたモノに
強く惹かれているのを感じながらも
朔耶はそれ以上踏み込めない自分の臆病さを感じていた。

(怖いんだよな…。
 このまま、簡単に彼奴が俺達の元から去って行きそうで…)

乾月との約束も有るがそれ以上に、
朔耶は十六夜を守りたいと強く願っていた。
今は到底及ばない能力差を
それでも何とか埋めたいと足掻いた。

「兄ぃ、今月は結構依頼 受けましたね。大丈夫ッスか、体?」
「鍛え方が違うからな。俺は平気だが、お前は?」
「そろそろ悲鳴上げそうッス」
「まぁ、無理もねぇか。1ヶ月に5件以上は確かにオーバーワークだ」
「兄ぃ…」
「今迄は精々1~2件だった訳だし。済まねぇな、寿星」
「兄ぃは、強くなりたいんスね」
「まぁ、な」
「十六夜の為に、ですか?」
「…自分の為に、だな」
「そうッスか…」

誰かの為に等とは烏滸おこがましい。其処迄の覚悟も、又 技量も無い。
それを自覚しているからこそ、焦りも有る。
『自分らしくない』と思いながらも。

「寿星」
「はいな」
「強さって…」
「はい?」
「何だろうな…」
「兄ぃ…」
「済まん、独り言だ」
「……」

拳に力を籠める。
どうすれば届くと云うのだろうか。あの男の立つ場所に。

「遠い、背中だな…」
「…兄ぃ」

夕暮れの街並みを見つめながら
朔耶はあの時の十六夜の後ろ姿を思い出していた。

* * * * * *

乾月が蓮杖神社を訪れたのは昼過ぎだった。
境内を掃除する白露の姿を見付け
笑顔を浮かべながら近付いて来る。

「おぉ、乾月ちゃんか!」
「久しぶりだな、白露ちゃん」
「朔耶か? 生憎、今は寿星と出掛けちまってるよ」
「いや、今日は別件だ」
「ん?」
「十六夜は居るか?」
「十六夜? あぁ、居るよ。多分部屋だと思うがな。
 呼んで来ようかい?」
「その必要は無いよ。
 恐らく彼ならもう私の気配を察知してる筈だ。
 自分から姿を現すさ」
「そう云うもんか?」
「そうさ。ほら」
「っ?!」

いつの間にか、白露の真後ろには
十六夜が涼しい顔をして立っていた。
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