黒紋付の男

5. 妖刀村雨(第壱幕)

「ん?」

【陽炎丸】に変化が起こったのは
鳴神と謎の剣士との戦いから凡そ15分経ってからの事だった。

「【陽炎丸】が反応してる…」
「来たか!」
「しかし、何処に?」

寿星の言葉の通り、其処には人影一つ無い。
気配を探ろうにも自分達以外の人間の気を感じなかった。

「街中だと云うのに…こんな事って有り得るのでしょうか?」
「どう云う事? 神楽、説明して」
「私達の目の前に、確かに街の日常が存在します。
 店も開いてますし、人も行き来している。
 でも…気配を感じないんです」
「言われて見れば、確かに変ッスね。兄ぃ」
「変なんてモンじゃない。
 こりゃ、俺達が結界に取り込まれたとしか…」
御名答
「「?!」」

全員が一斉に声のする方に視線を送る。
其処に立っていたのは
天然パーマに黒紋付と云う独特の格好。
嫌と云うほど目立つ筈の姿なのに
街を行き交う人々は誰もその男に気が付かない。
男は笑顔で此方を見ながら手を叩いていた。

二人目の【妖刀遣い】は…女、か
「アンタがこの事件の犯人だね」

繊はキッと男を睨み付けると【陽炎丸】を上段に構えた。

次はお前が挑戦者か。掛かって来るが良い
「行くよ!」
「待て、繊!」

朔耶の静止等聞く筈も無い。
とにかく手柄が欲しいと呟いていた繊は
相変わらず目の前の敵にしか意識が行かない。

「神楽、繊を援護してくれ。
 奴の正体が【妖刀】であれば…普通の戦いでは勝てない」
「解っております」
「寿星!」
「はいな!!」

寿星は懐の呪符を取り出し、繊の背後から敵目掛けて放つ。
これで多少なりとも動きを止められれば
その分、繊が楽に戦える…筈だった。

しかし、呪符は男に取り付く事無く風に流され、
力無く地面に落ちていった。

「え? 何で…?」
「呪符を無効化されたんだと思います…」
「そんな事って出来るの?」
「呪符以上の霊力を持ってすれば…」
「そんなぁ…」

寿星の呪符攻撃は完全に無効化された。
しかしこのままではいずれ繊も倒されてしまう。

「寿星! 神楽と共に摩利支天呪まりしてんじゅ!!」
「えっ?」
「兄ぃ?」
「お前達迄巻き込まれる訳にはいかねぇだろ!
 先ずは自衛しろ! 繊は俺が何とかするっ!!」

十六夜の言う【姿無き剣士】が事実であれば
敵の狙いは【妖刀遣い】の繊、そして…自分である。
寿星や神楽迄怪我を負わせる訳にはいかない。

「繊、受け取れ!
 oMオン vajraバザラ  - yakSaヤキシャ hUMウン!!

朔耶は金剛夜叉明王呪こんごうやしゃみょうおうじゅを唱え、繊を援護する。
これで【陽炎丸】の破壊力、切れ味が上昇する。
以前よりも繊の剣戟には切れも増していた。
男は済んでの所で一撃を避けてはいるが
反撃に転じる様子は無い。

勿論、繊一人に戦わせるつもりなど毛頭無い。
彼女の攻撃する方向を妨げない様計算しながら
朔耶も又、肉弾戦で男を追い詰めていた。
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