祭巫女

8. 葛藤(第壱幕)

部屋の一室に何かの紙を敷き詰め、その真ん中を陣取って
神楽は印を結び、精神統一を図っていた。
先程から繊は何も言わず、心配そうに様子を見ている。

異変を感じ取っていた。
これは妖刀【村雨】が出現した時の比では無い。
渦巻く憎悪と殺意。忍び寄る魔の手。
今迄の【魔】の出現もこの憎悪と殺意に導かれたとしたら…。
そして、その標的は……。

「っ! 神楽っ!!」

集中が途切れたのだろう。
大量の汗をかきながら、神楽の体がグラッと後方に崩れ落ちた。
慌てて彼女の体を抱きかかえ、繊が顔を覗き込む。

「…大丈夫ですわ、繊。ありがとう……」
「見えたのかい? 【未来】が…」
「…はい。朧気ながらも」
「そうか…。やはり神楽のその【力】は
 巫女だからこその物なんだろうね」
「繊……」
「アタシはまだまだ非力だ。【陽炎丸】を手にしたけど。
 まだ、まだ神楽を護るには足りない……」
「繊…」
「神楽は普通の巫女じゃない。解ってる。
 だからこそ、アタシは神楽を護りたい」
「それは…【巫女】として、ですか?」
「それもある。だけどアタシが護りたいのは神楽なんだ。
 他の奴がその力を持ってたとしても、アタシは多分戦わない。
 アタシが戦うのはアタシの巫女、神楽の為だけだ」
「繊…。ありがとう……」
「一緒に家を出た時に決めたろ。
 アタシの存在は神楽に捧げたって」
「…えぇ」
「神楽は嫌がるかも知れない。でも…」

繊は笑っている。その笑みは何処か朔耶に似ていた。
朔耶の眩しいばかりに力強い笑みと。

「アタシの家が神楽の家系を護る為に、
 【八乙女やおとめ祭巫女まつりみこ】を護る為に存在している事を…
 アタシは誇りに思っている」
「繊…。でも、その為に貴女は……」
「アタシの父も、そして母も…きっと役目を誇りに思ってるよ。
 誰かを護るのは正に【命懸け】なんだ。
 力が足りなければ死ぬ事だってある。アタシの両親の様に」
「……っ」
「それでもアタシは戦うんだ。信じてるから」
「信じ、てる?」
「あぁ、信じてる。【祭巫女】の復活を。
 アタシは神楽がその【祭巫女】だって信じてる」
「繊……」
「神楽の家の文献に残された、この国を護るとされる
 【八乙女の祭巫女】の伝説。
 昔は御伽噺の様に思ってたけど、でも今は信じてるよ」
「繊…。八乙女に伝わる【祭巫女】の伝承は断片的です。
 もしかすると貴女が思ってくれる様な
 存在では無いかも知れませんよ」
「それを確認する為にも、尚更アタシは強くならなきゃ」
「繊?」
「この目で確かめるんだ。神楽と共に。【祭巫女】の真実を」

繊の目に寸分の迷いも無い。随分と逞しくなった。
一段と戦士として成長している彼女を神楽は頼もしく感じていた。
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