予 兆

現在編・1

「逃げろ!」

そう叫ばれ、胸を押された。

「でも…」
「良いから行け!
 お前達だけでも生き残るんだっ!!」

言葉に背中を押され、
後ろ髪を引かれる思いで走り出す。

振り返ってはいけない。
そう心に刻みながら。

繋いだ手は暖かかった。
今この瞬間から、
彼女を守るのは自分だけの役目。
自分しか、もう残っては居ない。

「…」

彼女が耳元で自分の名を呼ぶ。

聞き取れない。
ノイズが邪魔で。

そして。
倉庫と呼ぶには余りにもみすぼらしい小屋で
彼女を異空間に旅立たせ
自分は…。

* * * * * *

そこで目が覚めた。

最近妙にこの夢を見る。
然も段々生々しく。

夢の中の少女は美しかった。
御伽噺に出てくるような民族衣装を纏い、
誰からも愛された少女。

彼女の名は…。

「美雨(ミウ)…」

辛うじてそれだけは覚えている。

「朝か…」

重い体を起こし、
彼は身支度を始めた。

* * * * * *

「あれ、珍しく早起きじゃん」

妹の昭美(アケミ)が不思議そうな顔で起こしに来た。

「俺だって偶には早起き位する」
「いつもだと助かるんだけどな。
 私も母さんも」
「五月蝿い」
「ほら、丈(ジョウ)! 起きたのならご飯食べなさい」

母の声が一階から響く。

いつもの朝だ。
丈は漸く夢から覚めた気がした。

「顔、洗ってくる」

寝癖の付いた髪を掻き上げ、
彼は洗面所へと向かって行った。

* * * * * *

「あれ?」

違和感に気付いたのは鏡と対面した時だった。

首に残る赤い痣。
彼の首を一周して残っている。

「何だ、この痣…?」

ふとあの時の夢が甦る。
自分の姿をした青年の最期は…。

「!!」

丈は全てを忘れるかの様に
激しく顔を洗い出した。

美雨という名の少女を助ける為。
その最期は、壮絶だった。

「夢だ…。所詮は夢なんだ…」

何度も丈は呟いた。

怖かった。
夢であって欲しいと、本気で願っていた。

何処かで【現実】を感じながらも。
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