悪 夢

現在編・2

風が冷たい。

丈は早足で大学へ向かう。

校門の所でふと意外な人物と出会った。
父、恵一(ケイイチ)だ。

大学で教授を務める恵一と
こうして会う事自体珍しい。
研究が忙しく、
家にもなかなか帰って来ない恵一。

連れ子で再婚した事もあり、
丈は家の中で居辛い思いをしてきた。

「親父、今から帰るのか?」
「あぁ…」
「お疲れ様」
「…コレから授業か?」
「あぁ。真面目だろう?」
「そうだな。しっかり学べ」
「解った」

擦れ違う瞬間、
確かに恵一はこう言った。

「…大きくなったものだ」
「?」

恵一の一言が気になったのか
丈は父親の背中を黙って見守っていた。

* * * * * *

何故か胸騒ぎを覚え、
丈は午前中で授業を切り上げた。

今年一番の冷え込み。
その風の中を切り裂く様に駆け出す。

携帯は繋がらない。
不安が胸の中で弾けそうだった。

「丈ちゃん!」

隣の家に住む女性が
向こうから駆け出して来る。

「た…大変なんだよ。
 強盗が、丈ちゃんの家に…」
「強盗っ?!」
「だ、駄目! 行っては…」

婦人の制止を振り切り、
丈は家に向かって駆け出した。
間に合ってくれと祈りながら。

「母さん、昭美…、親父…っ!!」

祈りは叫びとなり、
彼の足を一層速めた。

* * * * * *

「……」

声は無かった。
その惨状に。

赤い池に倒れこむ二人の女性。
母と、妹…。
そしてそれを見下ろして
下卑た嗤いを浮かべる三人の男。

「お、息子のお帰りか」

男の一人が丈の存在に気付いた。

怒りに我を失う。
丈は習い続けていた武術で応戦した。
だが、まるで歯が立たない。
相手はプロなのだろうか。
だとしたら、何故…?

「父親が居ないってのは外れだったな。
 アイツが必要だってのに」
「この際息子でも良いんじゃねぇのか?
 コイツは血が繋がってるんだろ?」

男の一人がそう言うと
一瞬で丈の傍に近付き、
棒状の獲物で彼の腹部を強打した。

「ぐっ…」

目に映らない速さだった。
そのまま壁に体を押し当てられ、
首に手を掛けられる。

「知ってる事を吐きな、坊や。
 【ミウ】は何処だ?」
「ミ…ウ…?」
「駄目だ。覚醒してないな、コイツ」
「バラせよ」
「あぁ」

男の力が徐々に強まる。
それに伴い、息が少しずつ出来なくなる。

薄れていく意識。

『美雨…』

丈の体から力が抜けていく。
そして意識は過去へと遡って行った。

* * * * * *

「嫌だよ、丈。
 私一人なんて…」
「お前は希望なんだ、美雨。
 何としてでも生き残ってくれ。
 アイツ等には絶対に渡さない。
 …この命に変えても」
「丈……」
「…さよなら、美雨」

右手に収まった小さな勾玉を握り潰す。
光が漏れ、美雨の体を包み込む。

「平和な世界へ…」

彼の呟きに従い、
美雨の姿はその場から消え去った。
彼女が願い通りの場所に移動出来たのか、
それは…誰にも判らない。

「此処に居たぞ!」

追っ手の声が聞こえる。
それと同時に火矢が放たれた。

突き刺さる痛み。

「美雨…、必ず…幸せに……」

彼の残した最期の言葉。

やがて追手は彼を取り囲み、
口を割らないと見るや、
問答無用でその首を切り落とした。

「残党はコレで終わりか」
「娘が居ません!!」
「何? 探せ!!」

耳だけはまだ機能していた。
そう…彼は執念で
それだけを脳裏に記憶したのだ。

未来の為に。
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