Hyena in città

「天国へのドアは開いたぜ」

男はそう言うと口先を吊り上げて笑った。

サイレンサー付きの銃が火を噴き、
標的は倒れた。

「お仕事完了」
「御苦労様」
「さ、飯食おうぜ」
「何を?」
「焼肉」
「よく人を殺ってから
 肉を食う気になれるわね」
「悪魔のクセに何言ってやがる」
「アンタの方が余程【悪魔】よ」
「行くぞ、紗羅」
「はいはい、マスター」

路地裏から何事も無かった様に
男女のカップルが腕を組んで
人込みの中に消えた。

* * * * * *

「あ~腹減った」
「まだ食べるの?
 もう3人前は平らげたでしょ?」

【紗羅】と呼ばれた女(悪魔?)は
肘を突きながら呆れている。

「食い放題だからな、此処。
 食い溜めしねぇと…」
「はぁ~、こんなのばっかり…」

何杯目かのビールが呆気なく
マスターと呼ばれた男の喉を通る。

「食わないのか?」
「食べたわよ。
 それに私、後でデザート貰うから」
「ちぇ。又かよ…」

今日のマスターは機嫌が良い。
仕事が巧く行ったからだろう。
今回はそこそこの報酬が見込まれる。
暫くは何とか食い繋げそうな位。

「実力は有るのにね…」
「何か言ったか?」
「食べれるだけ食べといてよ。
 餓死しない程度に」
「だから食い溜めしてるだろうが」

無精髭の生えた顎を擦り
マスターはニヤリと笑って見せた。

* * * * * *

「じゃあ、今度はアタシの番!」

やる気満々の紗羅に対し
あからさまに海はやる気が無い。

「マスター?」
「どうぞ…」
「もう、本当に愛想の無い奴」

紗羅の犬歯が一瞬だが金色に輝き
そのまま海の首筋に宛がわれる。

慣れた痛みの後に感じるのは
生温かい血液の温度。

「いつも思うんだけど…
 うっすいわね、マスターの血って」
「薄いって何が?」
「味。淡白を通り超えて水みたい」
「血の味なんぞ知るか」
「そりゃそうか、人間だったわよね…まだ」
「一応人間だ……」
「偶に忘れちゃうのよ。
 悪魔よりも悪魔っぽいし」
「…勝手に言ってろ」

時間にして、ものの数分。
こうして契約者の体液(主に血液)を摂取する事で
彼女等悪魔は悪魔として存在する事が出来る。
昔話と違い、血液を吸われたからと言って
契約者が悪魔化する事は無い。

食事とも言えるこの行為は、
『この世界に存続する』為の手段でもある。
契約者との絆を強化しなければ
悪魔は悪魔と足り得ない。

「この世界に生きる為の【免罪符】を言えば
 聞こえは良いかも知れんが…
 こっちは結構痛いんだよな」
「本当?」
「あぁ、蚊に刺された時と同じ位」
「……」

痛みは実際殆ど感じない。
蚊に刺された程度と云う海の説明は
非常に的を得ている。

定期的に契約者の体液を取り込み
契約者との関係を強化する事で
この世界に生息出来る。
悪魔がこの世界に存在する為の条件は
確かに、そう容易いものではない。
出来なければ消去されるのみ。

「そんなデメリット覚悟で
 この世界に拘る理由は何だ?」
「さぁね。悪魔は其処まで計算高くないわ」
「そんなもんか…」

吸われた首筋を掻きながら
海は再び煙草を口にした。
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