Orologio

喫茶店【Orologio】からは
今日も珈琲の良い香りが漂う。

が、中はガランと静まり返っている。

「お客さん、来ないわね…」

ハンティング帽の位置を確認する為
鏡とにらめっこの夫に
あずきはそうぼやいてみる。

「そうだね…」
「竜ちゃん、話聞いてる?」
「聞いてるよぉ~」
「じゃあ…私が今言った事は?」
「…えぇ~っと」
「ほら。聞いてない」
「…御免」
「もう、仕方が無いなぁ~」

夫、竜兵がブレンドした珈琲を注ぎ
先ずは一杯嗜む。

「平和が一番、かしらね」

あずきは新聞を見ながらふと呟いた。

「あら? また物騒な事件が…」
「何?」
「殺人事件だってさ」
「あぁ。…毛利さんが又忙しいね」
「そうね」

二人の会話が途切れ掛けた時、
元気よくドアが開く。

「チャオ!」
「あら、いらっしゃい紗羅ちゃん!」

あずきは笑顔で歓迎する。

「いつものね」
「はいはい。竜ちゃん、モーニング」
「了解。で、海さんは?」
「まだ寝てる」
「相変わらず夜型だな…」

苦笑を浮かべ、慣れた手付きで
竜兵はモーニングを作り始める。

「話があったんだけどな。
 まぁ、又昼位でも顔出すだろう」
「仕事?」
「まぁね」
「忙しいわね、アッチは」
「本業が忙しいのは歓迎なんだけど…」

あずきに聞こえないように
竜兵は声を落とした。

「海さんに、裏家業の依頼が入ったんだ。
 そう伝えておいてよ」
「了解」

「なぁに? 二人でヒソヒソ話?」
「あずちゃんの秘密を聞き出してたの」

紗羅は悪びれも無く平然と嘘を吐く。
それが一番良いと知っているからだ。

「秘密? あれかしら? それとも…」
「あぁ、あずちゃん! 珈琲が…!!」
「い、いけないっ!!」

慌てて火を止める二人の姿を
紗羅は羨ましそうに見つめていた。

* * * * * *

「…まだこんな時間か」

その頃海はベッドの中で
のんびりと体を伸ばしていた。

仕事が終わって少しゆっくりしたい。
珍しくそんな気分だった。

「紗羅の奴は外出か…」

愛用のCABINを取り出し、
口に銜える。
身体を少し起こして
煙草に火を点けた。

「どうせ開店休業状態だ。
 もう少し寝てても良いな…」

明るい部屋に煙草の煙が混じる。

仕事柄、朝は苦手だ。
悪魔である紗羅の方が朝に強いのも
考えてみれば可笑しな話である。

「アイツは…自称悪魔かもな」

クスッと微笑み、煙草を揉み消すと
海はそのまま浴室へと向かった。

気持ち良くシャワーでも浴びよう。
偶にはそんな朝が有っても良い。
世間の雑踏など何処吹く風。
あくまでもマイペースな海であった。
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