Scene・10

File・3

先程迄の柔和な表情とは打って変わって
甲亥の目は鋭く変貌していた。
松田から送られたメールを確認し、
首尾が巧く行った事を確信したのだ。
言わば、今の彼は正しく
【戦闘モード】なのである。

「こっちがターゲットに接近した事は
 向こうさんに筒抜ける様に仕向けてある。
 後は敵さんが罠に掛かってくれるのを
 待つだけって事か。
 まぁ…アチラさんも間抜けばっかり
 居る訳じゃないやろうから
 何らかの手は打ってくる筈やし」

よく冷えた日本酒をクイッと一杯引っ掛ける。
清涼感が喉を伝う。

「こっちのウィークポイントを挙げるとなると
 やはり鈴蘭になりそうやな。
 アイツの行動を取り敢えずは抑えんと
 無駄な被害を被る事になる」

自分としても、折角の巳璃の笑顔を
失望に変えたくは無い。
寧ろ巳璃を守ると云う決意こそが
彼の戦いの象徴でもあり、
それは即ち 新しく出来た彼女の妹達を
守る事にも他ならない。

「守る対象が増えればその分やる気も出るわ。
 まぁ、二代目の恐ろしさを見せるには
 格好の相手かも知れんな。
 バックもそこそこの面子を揃えとる様やし
 それを潰すだけでも楽しめるってもんや」

不気味な含み笑いを洩らしつつ
甲亥は何所かで
今のこの姿を
巳璃にだけは見せたくないと思っていた。

* * * * * *

「良いのかな、千尋ちゃん?
 こんな遅い時間に電話を掛けたりして」
『大丈夫だよ。
 お父さんにもちゃんと許可貰ってる』
「成程、賢明だ。
 それじゃお話しても怒られないね」
『相手が未津流君なら問題無いよ』
「どうして?」
『だって、未津流君は
 私の【王子様】だもん!』
「嬉しい事を言ってくれるよ。
 やはり君は僕にとって最高の
 【お姫様】だよ、千尋ちゃん」

心成しか、自分の声がウキウキとしていた。
千尋の、電話越しにでも判る
今の幸せな状況が
我が事の様に嬉しかったからでもある。

『やっぱり俺って…
 【ロリコン】なのかねぇ~?』

しかし新年早々
この若く可愛い女の子が
態々こんな中年に対して
電話を入れてくれるのだから。
こんな素敵なハプニングを前にしたら
【ロリコン】呼ばわりなど
軽く笑い飛ばせてしまうだろう。

【依頼】が切っ掛けで出会った関係上
深みに嵌るのは職業上得策ではない。
それは彼女も理解してくれたのだろう。
だからこそ、2人だけで会う事も無かった。
未津流の願いはあくまでも
【千尋と云う一人の少女の幸せ】なのだ。

『まぁ、保護者的な願望だわね。
 父親の気持ちが何となく解るよ』

いつか彼女も似合いの男性と巡り合い
結ばれていくのだろう。
その時、自分は一体どうなるのだろうか。

頼まれてもいないのに、
千尋の披露宴迄妄想しては溜息を吐き、
逆に当の千尋から心配されてしまう
未津流なのであった。
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