Scene・9

File・3

「送れた?」

声を掛けられ、そのまま背後に視線を送る。
巳璃が微笑を浮かべて座っていた。

「…うん」
「返ってきた?」
「…うん」
「そう。そりゃ良かった」
「…あのさぁ」
「ん?」
「私の事、驚かないんだね」

鈴蘭である。
彼女は不思議そうに巳璃を見つめる。
巳璃の表情は全く変わらない。

「話は聞いてたから」
「それだけで?」
「そうだよ」
「…今迄、そんな奴と会った事が無い」
「そうかい。まぁ、そうだろうね」

巳璃は愛用の煙草に火を点ける。
仄かに薔薇の香りが広がった。

「見えるものしか信じないって奴が多いから。
 見えない所にこそ真実が隠されてるのに
 それに気付かず死んじまう奴が
 この世には多いのさ」
「へぇ~」
「つまらない人生だろ?
 だからアタシは感じたままに生きてる」
「ふ~ん…」

淡い桃色の煙を見つめながら
鈴蘭は茶菓子を口に放り込んだ。

「もっと早くに会いたかったな」
「誰と?」
「アンタと」
「アタシかい?」
「うん」
「…アタシもだよ。
 もっと早くからこうして話したかった」
「本当?」
「あぁ。でも…」
「でも?」
「今会えたのだって遅くはない。
 アタシはそう思ってるよ」
「…そうかもね」

家に居る時はこんな時間など無かった。
誰も自分には気付かない。
偶に出ると皆 此方の顔色を伺う。
息が詰まる様な毎日で
苛立ちを何処かで発散しないと
頭がおかしくなりそうだった。

「ねぇ、巳璃さん」
「巳璃、で良いよ」
「じゃあ…巳璃」
「何だい? 鈴蘭」
「私は…【此処】に居ても良いの?」
「構わないよ。
 アタシはそれを望んでるんだから」

巳璃の微笑みに微笑み返そうとしたが
鈴蘭の表情が途端に強張る。
巳璃の背後に甲亥が現れたからだ。

「何や、笑えよ」
「……」
「お前はもう少し、少女の楽しみを覚えろ」
「何? それ」
「巳璃に教えてもらえや。
 コイツも妹が出来て喜んどるんや」

先程とは打って変わって優しい表情。
最初に会った時の剣幕は何処へやら。
これが甲亥と云う男の不思議な所か。

「ちと露天行ってくる。
 月見酒でも洒落込んで来るわ」
「酔い潰れんじゃないよ」
「ワク舐めるなや!」
「…ワク?」
「【ザル】の上を行く酒呑みの事さ。
 アタシもコイツとは付き合い長いけど
 酔った姿を見た事が一度も無いんだよね」
「へぇ……」
「人前で酔う様な呑み方する奴ぁ
 素人って事や」

右手をヒラヒラヲひらめかせ
甲亥はそのまま露天風呂へと消えて行った。
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