事件ファイル No.0-1

序章

その場所に出向する事になったのは本当に予想外だった。
警部補として、キャリアの道を順調に進んでいる筈だった。
あの日、上司に呼び出されて連れて来られた場所で
いきなりその命令は下された。

「…で、今此処に居る訳だが……」

目の前の二人は俺の事なんかお構いなし。
したい事を済ませたら、何事も無かったかの様に立ち上がり
仕事の準備を始め出した。

「だからって…毎回こんな所でする?
 然もやってる事がセッ……」
「別に良いだろ? 此処は俺の城なんだし」

反論してきたのは真っ白な服に身を包んだ長身の男。
此処、イタリアンレストラン【Cieloシエロ bluブルー inイン paradisoパラディーゾ】の総料理長カポクオーコ
名前は【Rossoロッソ】というらしい。
彼は厨房で包丁に光を当て、切れ具合を確認していた。
機嫌が悪い時はいつもこんな感じである。
更にツッコミを入れると、手にある包丁が真っ直ぐ此方に飛んで来る。
この店の常連客が【包丁ダーツ】と呼び、恐れている技だ。

「それで、仕事には慣れたのか?」
「はい?」

ロッソに声を掛けられ、思わず変な返事をした。

「此処の仕事に決まってるだろ、阿佐」
「えぇ…まぁ……」
「お前は不器用だから」
「……」

俺の名前は【阿佐あさ 平助へいすけ】。
刑事の身分を隠し、【Cielo blu in paradiso】の男性給仕人カメリエーレとして
この場所で働きながらロッソ達を監視する。

何の為に、は教えられなかった。

『密命故にそれは教えられない』

それが上司の返事だった。

* * * * * *

何事も無くレストランは開店し、人が出入りし
いつの間にやら閉店時間。
慣れた手付きで食器を片付けている
先程の騒動の片割れ、
給仕長カポ・カメリエーラの【Verdeベルデ】を見ていると
彼女はカメリエーレの【Geelゲール】と
楽しそうに話をしている様だった。
しかし、語り掛けているのはベルデだけで
黒マスクをしたままのゲールからは
一切の声が聞こえない。

「本当に会話になってんのかな?」

俺の独り言に気付いたのか
ベルデが厨房から怖い視線を此方に向けていた。

「この距離で聞こえるのか?」
「ベルデは耳が良いからな」
「いや、だからって…」

俺が今、立っている場所はホール。
然も玄関の側だ。
ベルデが居るのは店の最奥に当たる厨房。
幾ら小さな店とはいえ、本当に聞こえるのか。

「悪口の類は、よく聞こえるのよ」

ベルデはそう言うと、フッと笑みを浮かべて
再び彼女自身の仕事に戻って行く。
ゲールも相変わらず無言のまま
それでもニコニコと笑みを浮かべながら
黙々とひたすら皿を洗っている。

「お前もサボってないで仕事しろよ」

自分の仕事は終わったとばかりに
愛用の煙草マールボロを咥えながら
ロッソはニヤニヤと笑ってみせた。
Home INDEX ←Back Next→