Der Anfang・1

最終章

波乱万丈に思えた刑事生活も
ゴールテープの見える時期が訪れた。
別に感傷に浸りたくは無いのだが
ありがた迷惑な後輩上司の御蔭で
考える時間が無駄に増えたのだ。

退屈は男を腐らせる。
感性も何もかも。

横目で捜査一課の部屋を見渡すと
其処には自分にそぐわない空気が漂っていた。
凄い剣幕で捲し立てる少年課上がりの岸本と
冷めてるのか無気力だかで
彼の説教を受けている二人の新人刑事。

「俺等の時代だとさ、別の課に飛ばされてるな」
「言うなって。人手不足なんだから」
「上司の質も違うと思うんだよな」
「それは、言えてる」
「貴方方も上司に当たるんですがね…」

鷹山と大下の雑談に冷ややかな横槍。
だるそうに後ろを振り向くと
噂の【ありがた迷惑な後輩上司】の姿が。

「何だ、トオル? 何か用か?」
「女なら紹介してやらんぞ」
「何年そのネタで引っ張るつもりですか?
 同じ挑発する台詞なら
 もっと変化球用意してください」
「なにぉう!
 お前、ストレートど真ん中を
 普通にスイングして空振りするだろうが」
「どれだけ野球ど素人ですか、それ!
 それに大下先輩、昔からアウトコースは
 てんでタイミング合ってなかったでしょう!」

大下と町田の口論など何処吹く風。
鷹山は無造作に机の上の英字新聞を拾い上げる。

何時もの日常が其処に在った。

* * * * * *

『しかし、相変わらずだね』

電話の向こうの声は明らかに
【莫迦】と言わんばかりだった。

「何よぅ~。
 そっちは良いわね、順風満帆で。
 薫ちゃんはね、こんなに頑張ってるのに
 何時まで経っても波瀾万丈なんだから!」
『らしくて良いじゃん』
「鈴江さん、アンタねぇ! ちっとも変わってないしっ!!」
『県警に行って変わるとでも思ってた?』
「ムカつく言い方、昔のまんま!」

電話口で嘗ての相棒、鈴江に好き放題言われ
薫は目一杯髪を掻き毟りながら吠えた。

『で、電話の要件って何だよ?
 今のポジションの愚痴を聞かせる為【だけ】に
 態々掛けて来た訳じゃないんだろ?』
「それがさぁ~」

薫は漸く本題を話す気になったらしい。
誰も居ない筈の職場内をキョロキョロと見回しながら
スマートフォンに手を当てて話し始めた。

「タカさん、ロスに行ってたじゃない?」
『行ってたの? 旅行で?』
「違うわよ、莫迦! 犯人を追ってよ」
『そっちの事情なんて知る訳無いだろ?
 所轄が違うんだからさ』
「あ、そうだった」
『……で?』
「それがね…女作って帰って来ちゃったの」
『……はぁ?』

余りにも真剣な薫の声と、その電話内容に
受けた鈴江はきっと頭を抱えたに違いない。

『…切って良いか?』
「一寸、水臭いわね! 大変な問題なのよ!!」
『【薫ちゃんにとっては】だろ?
 別に良いじゃん、タカさんに彼女が出来たって』

反応の薄い鈴江の言葉に、薫のイライラゲージは堪りつつあった。
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