Kirsche Pudding

「季節モノって弱いのよね…」
「限定とか付いちゃうと
 その気が無いのに買っちゃいますよね」
「そうなのよ…。
 昨日もね……」

姫野と亜紀のお喋りに田所の眉毛がピクピク反応する。
文句の一つも言いたいらしいが、
反撃が怖くて口を挟めないらしい。

「課長、面白いですよね」
越智は慣れた手つきでお茶を運ぶと
それを仙道に差し出した。

「班長、休憩取って下さいよ。
 昨日からずっとでしょう?」
「これがなかなかの強敵でして…。
 少し苦戦してます」

「RPGで言うなら…『中ボス』かな?」
「そうですか。
 ならばやはり手強い」

仙道は黙々と調書を纏めているのだが
内容が内容だけに
思った様には纏まらないでいたのだ。

「…ん?」

窓から風に乗って何かが運ばれてくる。
甘い、香り。

「そろそろ…桜の季節ですか」
「もう春ですもんね。
 今年は暖冬って言ってたから
 開花が早まるのかと思ってました」

「自然は、例外無く我々に幸を運んでくるのでしょう。
 春が来たと人間が幾ら騒いでも
 桜の認識ではまだまだなのでしょうね。
 だから、花を開く事は無い」
「へぇ……」

「空もまた、冬の清々しさを残しています。
 春にはもう少し掛かるでしょうね」

「あ、そうだ!」
亜紀は何かを思い出し、派手に手を鳴らした。

「どうしたの?」
「素敵なケーキ屋さん、見つけたんですよ!
 其処のプリンがとっても美味しくって…
 お土産に買って来てたのを忘れてました」
「まぁ……」

姫野は苦笑を浮かべながら仙道を見つめる。
無類のプリン好き、やはり反応は速かった。

* * *

「プリンの上に桜の花びら。
 春らしい、粋な演出ですね…確かに」
感想を述べる越智の隣で、御満悦の仙道。

「何て名前のお店なの?
 何処に在るの?」
「え…っと」
亜紀は姫野の問い掛けにすぐに答えられず
多少なりとも慌てていた。
何か有るのだろうか。

仙道は包み紙をそっと取り出し、広げて見せた。
其処には店のロゴだろう、文字が書かれていた。

『une duree de vie』

「…班長、何語ですか?」
「多分フランス語だと思います。
 そうですよね、亜紀さん?」
「…はい。
 私もこのお店は人に教えてもらった口なので
 どう読むのかまでは……」

「どう云う意味ですか、班長?」
「さぁ……?」

「『生き甲斐』じゃないの?
 洒落た店名使ってるよね」
答えたのは田所であった。
一同、流石に驚きを隠せない。

「何よ?
 俺がフランス語を知ってたら
 何か可笑しい訳?」
「いや…流石だなと思って」
「声が笑ってるよ、ポチ君…」

『シルブプレ』は伊達ではない。
仙道は一人、田所に羨望の眼差しを送っていた。

* * *

『お前にだけ…この店を教えてやる』

突然だった。
甘味処に詳しいとは思っていたが
まさか自分を指名するとは想定していなかった。

『昔、此処の店主が絡まれていたのを
 一寸助けた事が有ってな。
 それからの付き合いだ』

どんな事件に巻き込まれ、
また、どんな風に助けられたのかは…
後に、店主自身の口から聞かされた。

『彼』らしいエピソード。

「ですから、プリンには特に拘って作ってます。
 感謝を篭めて」
「そうだったんですね」

『彼』の残した物は、
鳥居坂署近辺に、こんなにも多く残されている。

「有難う……」
亜紀は一連の遣り取りを思い出し、
そっと感謝の気持ちを呟いた。
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