THE FOOL

1

その日は生憎の雨模様だったと記憶している。

いつもの様に仕事を終え、
帰宅しようとした丁度その時、
閃光が目の前を走ったような感覚に襲われた。

「やべぇ、疲れが溜まってんのか?」

彼 ― 嵯峨サガ カオル
表情をハッキリ曇らせて憎々しげに毒づいた。
仕事は増える一方だが、
裁き切るには人手が足りない。
人捜しと一口で言っても、
決して楽な商売ではない。
おまけに始めた当初は相棒とこなしていたが、
今は一人で全てを行うしかないと来ている。

「身重の彼奴に無理はさせられねぇが、
 もう少し位はどうにかならねぇもんか?」

疲れた体に鞭打つ様に再び歩き出す。
家に帰れば
今や生涯の相棒となった女が待っている。

「うららの奴、大人しく待ってりゃいいが…」

ふと顔が緩む。
彼の脳裏には
彼女と出会った頃の思い出が鮮やかに蘇っていた。

今は『嵯峨うらら』と名乗ってはいるが、
旧姓は芹沢セリザワ
男嫌いである事に気付かず、
『男運が無い』と豪語していた彼女を
『無邪気な奴』と呆れ顔でいつも見つめていた自分。
決して良い思い出だけが存在する訳ではないが、
それでも薫は懐かしい記憶に暫し酔いしれていた。

そんな彼を無理矢理現実に引き戻したのは、
店のテレビから流れる一本のニュースだった。

「友津市郊外の研究施設が謎の火災。
 生存者は居ない模様。
 警察は不審火の疑いもあると
 事件事故の両面から捜査を開始し…」
「郊外の研究施設? 初耳だな」

口では無関係を装いながら、
彼は言いようのない不安に駆られた。
己の中に潜むもう一人の自分が
警告を発しているかのように。
雨で着きの悪いジッポーに苛立ちながら、
浮かんでくる不安を必死に
彼は煙草で紛らわそうとしていた。

* * * * * *

友津市にある私立医科大学付属高校。
将来の医師を目指す若者の学舎として、
5年前に創立した真新しい学校である。

紫堂シドウ シュン
来年医科大学に進学する為に
毎日追われていた。

何故 医者になりたいのか、
その理由を誰にも語ろうとしない。
無口で人に干渉しない彼を
真に理解する者は居ない。
瞳に映る真摯な輝きは、
どこか遠くの世界を
照らしているかのように寂しげだった。
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