今日も校舎の屋上から物憂げな顔で
医科大学の建物を見つめる姿があった。
いつもの様に一人で食事を済ませ、
お気に入りのこの場所で
風を体に感じるのが好きだった。
引っ込み思案な性格が災いし、
この年齢になっても友達一人作れない。
そんな彼女にも密かな楽しみがある。
自分と同じ感覚を持つ人物が居る事を知ったからだ。
「おや、今日も特等席に着いてるね?」
その人物は穏やかな笑みを浮かべてやって来た。
秋菜にとっては副担任に当たる世界史の教師。
多くを語ろうとしないが、却って彼女には有り難かった。
「先生、授業は?」
「今日はもう無いよ。
補習も予定に無いし、久々にくつろげる」
伸びをして深呼吸する。
187㎝の長身が陽光を浴びて更に大きく見える。
「青木君は昨日のニュース見た?」
「昨日? …火災の、ですか?」
「うん。この友津市も決して
安全で住み易い所とは呼べないようだ
夏樹の表情が次第に曇っていく。
見ている方まで辛くなるような悲しい表情。
単なる研究所の火災という事故についてではなく、
彼は別の何かで心を痛めている。
少なくとも秋菜にはそう感じられた。
「済まない。下らない話をして。
…そうだ、お詫びに何か驕ろうか?」
夏樹は微笑を浮かべた。
無理矢理作った笑みではあったが
秋菜を誤魔化すには充分だった…。
雨に打たれ、一つの影が夜の闇を彷徨う。
その両眼は焦点が虚ろながらも、
激しい怒りの炎が秘められていた。
影は火災事故の遭った郊外から
真っ直ぐ市内へと移動した。
雨が更に勢いを増す。
嵐が、もうすぐ側まで迫っていた。