Dubhe・1

この世に生を受け、どのような人生を歩んでいくのか。
それは実の所とても曖昧で虚ろい易く…
それ故に人は悩み、苦しむ。
もがき、何かを強く求めていく。

私がこの世に生を受け、求め続けたもの。
それは……。

* * * * * *

変化の無い日々を穏やかに過ごしていく。
そんな人生とは無縁の兄弟であった。

私は子供の頃の記憶が部分的に曖昧である。
覚えている事と覚えていない事の差が
激しいとすら感じている。

私が覚えている過去。
強く逞しい拳法家の父と
明るく朗らかで優しい母の下で
兄と共に育てられた。

父は私達に拳法を教えてくれた。
来るべき未来、必ず役に立つ筈だと。
当時私は護身程度にと考えていたが
兄はあからさまに違っていた。
子供とは思えぬ程過酷な修行を
積極的に自ら課していた。
そんな兄を不思議に思いながらも
何時しか私も兄と同様の修業を重ねていた。

理由等解らない。
幼子が親の真似をするが如く、
私も兄の真似をしていたにすぎない。
兄は憧れであり、目標であり
私の心の支えであった。
兄の様な男に成りたい。
この頃から私はそんな事を考えていたのだろう。
無邪気な羨望の思いのままに。

* * * * * *

目の前に広がるは灰色の世界。
色彩など存在しない。
無機質な世界がただ広がっているだけ。

「……」

あの村を出てから、
もうどれ位の時間が流れたのだろうか。
近くの村へ往診に出掛けて…
それが、最後となった。

人々は無事でいるのだろうか?
苦しんだり、痛がったりしている人は
居ないだろうか?
笑顔を忘れる事無く、
心穏やかに暮らしているのだろうか?

気になるのは村の事だけ。
長らく死の淵に佇んでいたが、息を吹き返した村。
私に可能性を見せてくれた大切な場所…。

「星を見ておるのか?」

背後から声が届く。この部屋の主の声。
でも私は視線を合わせない。
ベランダの柵に手を置き、灰色の空を見上げるのみ。

「今日も死兆星が見えるのか?」
「…あぁ」

それだけを返した。

死兆星。
北斗七星、武曲の隣で輝く輔星。
その星を目にした者には
近い将来に死が訪れると言われている。

「ふん…。毎日死兆星を眺めるだけとは
 随分と酔狂な事だな」
「仕方があるまい。
 この部屋から一歩も出るなと言われているのだ。
 星でも眺める位しか、する事が無い」
「病人は病人らしくして居れば良いのだ。
 部屋で安静にする事は理に適っておるわ」
「…ただ漠然と生きているだけの人生に
 どれ程の価値が有ると?」

私は漸く主の方に向き直った。
そしてそのまま鋭い視線をぶつける。

「今の私に…価値など有るのか、ラオウ?」

ラオウは鼻で笑うと部屋の中へと入ってきた。
互いの顔がぶつかる程の近い距離迄 間を詰める。

「トキよ。うぬは昔から変わらぬな。
 自分の価値を過小評価してばかり」
「過小評価などではない。
 私は自分を冷静に分析している。
 これは事実なのだ。
 貴方こそ…私を過大評価しているに
 過ぎない事を早く気付くが良い」
「死を待つだけの村に舞い降り、
 多くの民をその手腕で救い
 奇跡の村として見事に再生させた救世主」

ラオウの言葉に私は顔を顰めた。

「これだけの功績をたった一人で成し遂げた。
 そんな男を過大評価しているだと?」
「成し得たのは村人達の力が有ったからこそだ。
 私は手を貸しただけに過ぎない」
「切っ掛けを与えたのはうぬよ、トキ。
 うぬの存在が、村を変えた。これこそが事実」
「……」
「そしてその事実が、この覇道の障害となる」

ラオウが言いたい事は寧ろ其処に在ったのだろう。
私はそう確信し、冷笑を浮かべた。

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SITE UP・2016.12.18 ©森本 樹



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