Dubhe・2

「私を己の覇道の障害と見るのだな、ラオウよ。
 ならば何故その障害を取り除こうとはしない?」

怪訝な目が何度か私を見つめる。
だが、明確な言葉は返って来ない。
いつもそうだ。その度に歯痒くなる。

「私の存在が邪魔なら力で持って排除するが良い。
 今迄そうしてきたのだろう?
 ならば今の私を倒す事等造作も無い事」
「うぬの言葉には矛盾が多い」
「?」
「うぬが饒舌に言葉を発する時程、
 その言葉には嘘が散りばめられておる」
「私の言葉が…嘘、だと?」
「うぬは本心を表に出さぬ。
 伝承者の件も、ユリアの事もな」

ユリア。

ラオウの口からその名前を聞く度、胸の奥が痛む。
遠き日に置き去りにした想いが顔を出すのだ。

「来い」

ラオウは私の意見を聞き入れもせず、
強引に右腕を掴むとそのまま部屋を出た。

「この拳王が連れ出せば何も問題無かろう」
「……」

先程の私の溜息を、聞き逃さなかったのだろう。
頬を撫でる風の心地良さが
私に外の世界を伝えてくれる。

ラオウが私を連れてきたのは特別な厩舎。
其処で静かに草を噛む大きな影。
やがてその影は静かに私達と視線を合わせた。

漆黒の大きな瞳。
しかしその瞳は何とも哀しげであった。

「……」

私は無言でその影に近付き、そっと鬣に触れる。
何度か撫でる内に、ブルッと低い声が響いた。

「ふ、喜んでおるのか。黒王よ」

目の前の影、黒王は
ラオウの言葉を肯定している様だった。
一人と一頭。
其処に流れる空気の、何と穏やかで優しい事か。

「黒王はどうやらうぬを気に入った様だ」
「私を…?」
「うむ…」

ラオウは何かを思案している様だった。
誰も何も発しない。暫くそんな時間が流れる。

「トキよ。この拳王が命じる。
 うぬは今より、この黒王号の世話をせい」
「……」
「そうすれば、うぬは部屋の外に出られる訳だ」
「悪い条件じゃないな。だが、私は貴方の部下では無い。
 一方的に命じられても困るのだが」

ラオウが周囲の目を意識して命令とした事位は理解出来る。
しかし、それに乗ってやる程 私は御人好しではない。

「条件が悪くないのであれば
 黙って従っておけば良い」

そう言いながらも彼は笑っていた。

* * * * * *

黒王との触れ合いで、私は少しだけ人の心を取り戻せた。
時折ラオウから遠乗りに誘われ、馬上から空を見上げると
其処には灰色では無く、
青い空と白い雲が何処までも続いていた。

「…綺麗だ」

自然が放つ色彩に目を奪われ、私は感嘆の声を上げる。
忘れていた感覚が蘇ってくる。

この風景が当たり前であった時代は消え去り、
今は灰色と黒色と赤色が世界を染め上げる。
心を閉ざしてしまったとしても、
現状から逃げ出す事は出来ない。
病に侵された体も未だ私の生命の灯を消すには足りず
己の無力さを嘆きながら、
ただただ時間の流れを静かに感じるのみ。
辛くないと言えば嘘になる。

この一時(ひととき)は、
私にそう云った負の感情を忘れさせてくれた。

「もし…」
「ん? 何だ?」
「もし、うぬの病を消し去る事が出来たとしたら…」
「そんな事は…不可能だろう。
 私はこれでも医者を務めていた。
 自分の体の事位、自分が一番よく理解している」
「……」
「ラオウ?」
「有ると、したら?」

一体何を言い出すのだろうか。
私は暫し理解が出来ず、ラオウの顔をじっと見つめる。

「完全に消し去る事が不可能でも…
 抑え込む事が出来るとしたら?」
「まさか……」
「北斗神拳を医療行為として用いる事。
 それはうぬがリュウケンに掲示した事ではないか」
「確かに…。だが、それは…」
「北斗神拳は一子相伝。
 継承出来なかった候補者は拳を封じられる。
 以前はその行為が候補者の抹殺にも繋がっていた」
「……」
「拳を封じると云う事は潰すと云う事。
 反逆の芽を摘むには殺すのが一番効率が良い。
 北斗神拳は暗殺拳。何もおかしい事は無い」
「だが…」
「それに異議を唱えたのがうぬであったな、トキ」

ラオウは笑っていた。
私達の脳裏にはきっと同じ風景が蘇っていた筈だ。

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SITE UP・2016.12.19 ©森本 樹



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