Alcaid・10

「御免なさい、トウ。
 貴女にまで余計な気を使わせました」
「お気になさらないでください、ユリア様。
 父は実直故に女心の解らない人ですから
 偶にはお灸を据えねばなりませんの」

トウはそう言いつつも
ユリアの表情が
重く沈んでいるのを見逃さなかった。

「ご無理なさらないでくださいませ。
 私では大した力になりませんが
 それでも何か御座いましたら
 遠慮無く申し付けてください」
「トウ…。ありがとう。
 貴女が傍に居てくれるから、
 私もこうして立っていられるのです」

一人でこの訃報を聞いていたら
一体自分はどうなっていただろうか。
悲しみに狂わされ、
気を失っていたのではないか。

喪ってから気付く、その存在の大きさ。
傍に居る時は気付かなかった
その優しく温かな微笑の意味。

「トウ…」
「はい、ユリア様」
「拳王軍に動きは無いのですね」
「はい。確かに父はそう言っておりました」
「ならば、我が軍も今は動かぬ事とします。
 整備を整え、兵を休ませます」
「ユリア様…」
「リハクにはその様に伝えてください。
 挙兵の合図は…この私が出します、と」
「承知致しました。では、早速!」

ユリアの真意を理解出来ているのだろう。
トウは笑みを見せ、部屋を後にした。

「悲しみを受け入れるには…時間が必要。
 ケンにも、そして…ラオウにも……」

たとえ僅かな時間稼ぎでも
拳士達にとって今はそれが一番必要なのだと
ユリアは感じていた。

* * * * * *

大海原を進む一隻の船。
その甲板に、ラオウは居た。
唯一人、静かに海の先を見つめている。

『もう直ぐだな』

不意に声が聞こえた。
懐かしく、胸が温かくなる声。

「あぁ、もう直ぐ着く。
 あれが…我等の故郷」
『懐かしいな』
「最後にあの風景を見た時は
 荒れ狂う海の上だったからな。
 正直、どのような姿であったかも忘れたわ」
『全く、貴方らしい』

いつの間にかラオウの隣には
潮風に長い髪を委ねている
一人の男が立っていた。

「この先に待つものが…天国だとは限らない。
 絶望の淵に地獄を見る事になるかも知れぬ」
『だが、貴方はこの道を選んだ』
「あぁ、そうだ。
 俺は兄者と会わねばならん。
 その上で、俺は俺の【道】を定める」
『他ならぬ、貴方の為だけの道を』
「そうだ」

ソウガも居ない。
リュウガも居ない。
今迄以上に孤独な闘いが待っている。
志が違うと判明すれば
自分は兄カイオウとも
闘わなければならないだろう。

「それでも」

ラオウは力強く続ける。

「俺は闘い続けると誓った」
『誰に?』
「己自身に。母者に。そして…」
『そして?』
「お前にだ。…トキ」
『兄さん…』
「俺は進み続ける。
 己に課した覇道を信じて」

長く険しい道になると解っていても
最早退くという選択肢は考えられない。
突き進むのみ。

「俺には俺の生き方しか出来ぬ。
 ならば極めてやろう。
 俺だけにしか出来ない、俺の生き様を」
『それで良い』
「トキ…」
『貴方が自身に迷いを感じた時、
 私は忠告の為、貴方の前に姿を見せよう。
 迷わずに突き進んでくれ。
 他ならぬ、貴方自身の為に』
「……」
『それが、【私達】の願いだ』

トキの意味する【私達】が誰を指すのか。
ラオウには正確に伝わっていたらしい。
少年の様な笑顔がそれを肯定していた。

『私は、常に貴方と共に在る。
 いつだって、貴方を見つめている』
「トキ…」
『だから、闘い続けてくれ。
 その想いのままに』
「あぁ。約束しよう。
 これこそが俺の【道】なのだから」
『多少は【狂気】を秘めた道だがな』
「ふっ。その狂気こそが
 この過酷な運命を突き崩す力となるのだ」
『物は言い様だな』

トキは笑っていた。
そしてラオウも同じ様に笑っていた。

【Fin】

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SITE UP・2017.07.20 ©森本 樹



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