Alcaid・9

トキの体を抱きかかえ
ラオウはそのまま外へ出た。
ケンシロウ、バット、リンも
黙ってそれに倣う。
外ではラオウの愛馬、黒王が
主人の帰りを待っていた。
彼も意味が解っているのだろう。
鼻先をトキの顔に近付けていた。

「仲が、良かったのね…。
 トキさんと黒王号……」

リンはそう呟くと
両手で顔を覆った。
涙が溢れて止まらなくなった。
彼女にとってもトキは
大切な存在となっていたのだ。

* * * * * *

荼毘に付される二人の拳士。
ケンシロウもラオウも、何も言わない。
互いに顔を見合わせる事も無く
只燃え盛る炎を見つめていた。

「……」

ケンシロウは不意にラオウを一瞥した。
誰よりも悲しんでいる筈なのに
ラオウは涙を流していなかった。

『涙を捨てた男…か。
 悲しい迄の生き様…』

泣く事も許されない境地に己を落とし込み
只ひたすらに闘い続ける兄を
だからこそ弟は涙を流しながら
守り抜こうとしていた。
互いの欠けた部分を補い合いながら
ずっと生きて来たのだろう。
幼き頃からどんな時も、二人で。

『だが、これからは一人…。
 ラオウは一人で闘い続ける事になる』

全てを焼き尽したのか。
炎はその勢いを徐々に弱めていく。

『ケンシロウ。
 哀しみを怒りに変えて生きよ。
 それが、北斗神拳伝承者の道』

トキが最期に残してくれた言葉。
その言葉の意味の重さに
ケンシロウは拳を握り締めた。

『逃げる事は許されぬ。
 哀しみを怒りに変え、力に変えて
 俺は闘い続けよう…。
 トキ、貴方の分まで……』

* * * * * *

灰の中に残ったトキの遺骨は
すっかり細く脆くなっていた。
ラオウはまだ高熱を保ったままの灰に
臆する事無く利き手を突っ込んだ。
そして骨の一部を手にする。

「トキよ。うぬの望みの儘に」

ラオウは躊躇無くその骨を飲み込んだ。
突然の奇行とも思えるラオウの振る舞いに
バットもリンも驚きで目を大きく見開いた。
そのままの表情でケンシロウを見るが
彼は全く動じていない。

「古き時代には
 そう云う風習も有ったと伝え聞く」
「そ、そうなんだ…。
 それにしても、なぁ……」

バットは冷や汗をかきながら
リンに同意を求めた。
リンは再び視線をラオウに戻す。

『一つに成るって…
 そう云う事、なのかな…?
 ラオウの中に、
 トキさんが生きるって事?』

自分にはまだ理解出来ない世界。
ラオウとトキがそれぞれに願った夢。
大人になれば解る日が来るのだろうか。
生命を賭けてまで願った二人の想いが。

ラオウは何も言わず、黒王に跨り
そのまま振り返る事無く去って行った。
トキが愛用していたサークレットは
持ち去ろうともしなかった。

「ケン……」

ケンシロウは残された遺骨を丁寧に集める。

「故郷に、両親の待つあの墓に
 還してやりたい」
「俺も手伝うよ、ケン!」
「あ、私も!」

ケンシロウはそっと微笑んだ。
ラオウが何も言わずに去って行ったのは
自分にこの役目を与える為なのだと。
今だけは兄弟として、
ラオウの心を汲む事にした。
たとえ明日、死闘を演じる事になったとしても
今だけは…あの頃の様に。

* * * * * *

ユリアはリハクからトキの訃報を伝え聞いた。
リュウガがケンシロウに討たれた事も
同時に知る事となった。

「拳王軍の一角がこれで大きく崩れました。
 今こそ進軍の時かと!」
「……」
「将? 如何なされましたか?」
「ユリア様?」

ユリアは泣いていた。
実の兄であるリュウガ。
そして、兄の様に慕っていたトキ。
二人の死が、
彼女を悲しみの淵に立たせていた。

「将…」
「父上。今は少し席をお外しくださいませ。
 将には少しお時間が必要かと存じます」
「しかし…」
「父上。お願いで御座います。
 席をお外しくださいませ」

トウに急かされ
リハクはユリアの部屋から
追い出されるような形で退室した。

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SITE UP・2017.07.15 ©森本 樹



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