男は安堵の息を吐く。
「動きが派手になってきたな。
最早一刻の猶予も無し、か」
男は懐から一枚の紙を取り出した。
それに息を吹きかける。
「
紙から浮かび上がり形を成したのは
小柄な黒猫だった。
「頼むぞ。追手に悟られぬ様」
黒猫は声も音も立てずに頷くと
そのまま何処かへと走り去って行く。
「さて。もう少しお散歩の続きでもするかな」
男の表情から緊迫感が消え去る。
それと同時に
男の目は好戦的で力強いものに変化していた。
「うわっ!」
不意に風が吹き上げた。
首に巻いていたストールから
何かが風に流されて空へと飛んでいく。
「あ、糸か」
解れた黒い毛糸の一部が風に流されたらしい。
そう思った直後。
「?!」
毛糸は丸い物体へと変化し
弦耶の腕の中にスッポリと納まった。
「にゃあ~」
「へっ?」
黒猫、である。
手品じゃあるまいし。
弦耶はそう思い、猫をマジマジと見つめた。
「お前…誰かの式神?」
「にゃ~」
弦耶の言葉を肯定する様に
猫は頭を彼の腕に擦り付ける。
猫の主が誰か迄は判らない。
誰が、どう云う理由で。
(それだけの
見ず知らずの人間に救いを求める為に
リソースを削ってまで式神を飛ばすか?)
弦耶は式神を所持していない。
実際に自分が所持していたとして
そこまでの事が出来るだろうか。
或いは、するだろうか。
いずれにしても彼の答えは『NO』だ。
(デメリットが多過ぎる)
安心して自分に身を任せるこの幼い猫を
大切に抱き、優しく撫でながら
弦耶は一先ず蓮杖神社に向かう事にした。
自宅や職場よりも守りが堅固なあの場所なら
この黒猫を保護する事には最も向いている。
「お前、腹減ってない?
良い所知ってんだ。
一緒に行こうぜ。
俺も腹減ったし」
「にゃあ~!」
ゴロゴロと喉を鳴らしながら
黒猫は嬉しそうに鳴いた。
「「可愛い~~~!!」」
愛らしい黒猫を一目見て
望央と千里が同時に声を上げた。
「どうしたの、弦ちゃん?
拾ったの?」
「誰かの式神っぽい」
「あら。
じゃあ、何かお役目を担って来たのかしら?」
こう云う事なら十六夜が詳しいとばかりに
千里は夫の姿を探すが
生憎、十六夜は今 外回り中だった。
「どうする? 飼うの?」
「家にはもう3匹居るからねぇ…」
ペット扱いされた三体の式神は
誰も彼も渋い顔をしている。
「弦に随分懐いてるわよね、その仔」
「そうか?」
「うん。私達よりも」
「……」
「波長が合ってるんじゃない?」
「霊気の、か?」
「うん」
「……成程、な」
弦耶は暫し考え込むと
腕の中に納まっている黒猫に問い掛ける。
「お前、俺の式神になるか?」