[10] 接近

「乾杯〜!!」

塩野組の逮捕を祝してCOUNTER LOUNGEでは
ささやかながらも賑やかな祝勝会が開かれていた。

「ささ、呑みましょ呑みましょ!」
こんな時、いつも音頭を取るのが平尾だ。

今迄男だけの飲み会だったのが
咲樹という華を手に入れてか
いつも以上に平尾はご機嫌な様子だった。
音頭にもついつい力が入る。

「ほらぁ〜、団長も課長も呑んで呑んでぇ〜!!」
「完璧に出来上がってるな、一兵の奴」
鳩村は煙草を吹かしながら
WILD TURKEY(R)で舌を湿らす。

「お前またバーボンかよ?
 偶には焼酎にしろ、な?」
源田の誘いに対し、
蝿を追い払う様な手付きで
乱暴にあしらう。

「空気を味わってんだ。
 どんな酒呑んでも一緒!」
「なら焼酎の呑み比べしようぜ。なぁ」
「呑み比べが狙いかい、お前さんは」
谷の鋭い突っ込みにまた場が騒がしくなる。

笑いの絶えない空間。
咲樹はニコニコとその空間を楽しんでいた。

「楽しんでるか、姫?」
松田の問い掛けに咲樹は笑顔で頷いた。

彼の呼ぶ愛称『姫』に最初こそ照れはしたが
嫌味のない非常にアッサリとした物で
咲樹もそれ程抵抗を感じなくなっていた。
松田なりに彼女を認めている証拠であり
彼女もそれを理解しているからだろう。

少し遠巻きから眺める感じで
北条は静かに水割りを舐めている。
木暮との会話で殻を破ってみようと決意したものの
そう簡単にはいかないと今頃痛感している。

木暮も大門も、そして仲間達も
そんな彼の心情を理解しているからか、
誰も何も言わない。
自然の成り行きに任せるだけだ。

「咲樹、グラス開いたな」
ずっとオレンジジュースを飲んでいた
咲樹のグラスを確認し、
鳩村は小声で朝比奈に何かを注文する。

「ほれ、追加!」
スッとグラスを滑らせて咲樹の元に運ぶ。

「あ、有難うハト」
「Your welcome!」
その瞬間、鳩村が意地悪っぽく微笑むのを
北条は偶然にも見てしまった。

オレンジジュースだと
信じ切っている咲樹であったが
実際の中身はスクリュードライバー。
つまり…アルコール飲料である。
全く酒の呑めない咲樹にとっては
非常に危険な代物だ。

鳩村が酒の呑めない彼女の事を
知っていたかどうかは疑問だが、
何とも手荒い儀式である。

「沢渡さん。それ…」

何とも嫌な気配を感じた北条が
制止しようとしたが、時 既に遅し。
彼女はまるでジュースを飲む様に
スクリュードライバーを
呑み干してしまっていた。

「あ…」
しまったという顔をしながらも
北条は心配そうに彼女の顔を覗き込む。

その瞬間、突然咲樹は真後ろに卒倒した。
丁度北条が抱きかかえる
格好になったから良かったものの
何も無ければ床に後頭部が激突だ。

「え?」
勧めた鳩村の方も慌てだした。

「まさか…この位のカクテルで気絶か?」
「あ…言うのが遅れたが」
此処で漸く木暮が口を開く。

「彼女、全く酒は呑めんぞ」
「「それを早く言って下さいよ、課長!」」
鳩村と北条の声が綺麗に揃う。

咲樹は、と言うと
何とも幸せそうな表情で気を失っていた。

* * * * * *

「う〜ん」
気味の悪い頭痛に悩まされ、
咲樹は何とか覚醒した。

目を開けて上を見つめるが
見た事もない天井が広がっている。

「此処…何処?」
何とか記憶を手繰り寄せるものの
ジュースを飲んだと云う事しか思い出せない。

「あたた…」
前頭葉部分が痛い。
少し気分も悪い。

一体何故だろう。

自分の様子を見ていると
楽に横になれる様にとの配慮がなされてあった。
誰かが介抱してくれたのだろうか。

「起きた?」
部屋の奥から声が聞こえる。
北条の声だ。

「北条…さん?」
「此処、俺の家。狭いけど…」
「私…一体……」
「ハトさんが酒呑ませたんだよ。
 オレンジジュースみたいだけど
 あれ、スクリュードライバーって云うカクテルだったんだ」
「嘘…」

完全にやられた、と思った瞬間
また頭痛が鳴り響いた。

「ハトの奴ぅ〜〜〜!!」
「まぁまぁ。水、飲む?」
北条が差し出した水を一気に飲み干す。
相当咽も渇いていたらしい。

「ハトさんも悪気かあって
 悪戯をした訳じゃないから」
「それは解るけど…。
 でもどうして北条さんが私を?」
「それは……」

皆に強制されたのも事実だが、
彼女との距離を何とかしたかった本心もある。

「俺が…一番 家、近かったから」
「そうだったんだ」

これは嘘である。
一番最寄なのは寧ろ松田だ。
しかし、他に適当な理由が見当たらない。

「有り難うね」
咲樹は優しい微笑みを浮かべている。

咲樹にとってこの発言が嘘かどうかは
さほど大した意味合いを持ってはいない。
大切なのは、北条が自分を介抱してくれた事。
彼女の気持ちが、この時何となくだが
北条に通じたのかも知れない。

「ジョーって…」
「え?」
「自分の事は『ジョー』って呼んでくれたら良いよ」

顔が赤い。
体が熱い。
ドキドキしているのがよく解る。
これではまるで初恋だ。

「解ったわ、ジョー」
彼女が了承してくれたのがとても嬉しかった。

「有り難う、沢渡さん」
「でも、貴方がジョーで
 私が沢渡さんじゃ不公平じゃない?」
「そ、そうかな…?」
「そうよ。だから私の事は『咲樹』で、ね」
「咲樹…さん」

鼓動が激しく高鳴る。
治まる所か、却って酷くなる。
息が、苦しくなる位。

「改めて宜しくね、ジョー」
「こ、此方こそ…」

北条の気持ちに気付いていないのか、
罪作りな咲樹であった。

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SITE UP・2009.2.18 ©森本 樹

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