[41] 栄転騒動

この頃、西部署では
ちょっとした事件が起こっていた。

松田の本庁転属が
どうやら決まりそうだと言う話が
浮かんできたのだ。

「本庁に行っちゃうんですか?」
平尾の言葉に松田は目を白黒させた。

「俺が? 何で?」
「だってそう云う噂がチラホラ…」
「本人の希望抜きでか?
 …全く、冗談じゃないよ」

サングラスの縁にそっと手を触れ、
松田は盛大にぼやいて見せた。
「俺は『大門軍団』のリキなんだよ。
 それ以外の何者でも無い」

* * * * * *

松田の思いとは裏腹に
彼の本庁転属の話は
順調に進んでいった。

大門からそれを告げられた時
彼は思わず口走っていた。

「俺は大門軍団に居たいんです。
 大門軍団の『リキ』なんです…!」

大門達の気持ちが解らない訳じゃない。
勿論我侭だと解っている。
それでもこの職場を離れたくなかった。

彼は解っていたのだ。
自分が最も輝ける場所は
西部署、大門軍団しか無い事を。

「第二の軍団をお前が率いるんだ」
「団長…」
松田の切なる願いは聞き入れられなかった。
彼は肩を落とし、
会議室で俯いたまま立ち尽くしていた。

「俺は…」
彼の脳裏に過ぎる仲間達との日々。
「俺は死ぬまで大門軍団に居たい。
 俺の願いは…」

大門には届かなかった願い。
「団長、貴方の為に…」
その後は言葉にならなかった。

一人、松田は泣いた。
余りにも哀しくて、
悔しくて、涙が止まらなかった。

* * * * * *

「栄転…か」
CORNER LOUNGEで酒を嗜みながら
ボソッと北条が口にした。

「何? ジョーも栄転したいの?」
「俺は東部署から配属されたからね。
 今思えば栄転だよ」
「最初は反抗したんでしょ?」
「誰に聞いたよ?」
「リキさんから」
「…人聞きの悪い事を……」

ハイピッチで酒を空ける北条に
咲樹は少し不安を感じた。

「寂しい?」
「当たり前だろ、そりゃ。
 …でも」
「何?」
「リキさんの為になるなら、
 我侭は言えねぇよな…」
「本当にリキさんの為、なのかな?」
「どう云う意味だ?」
「栄転だけが本当の幸せ?」
「……」
「リキさんは残りたがってる。
 その気持ち、私は解る」
「咲樹さん…」

ふと思い出した。
咲樹が何度も本庁への栄転を拒んだ事を。

「その…」
「何?」
「夢、掴んだのか?」
「まだ…」
「夢を叶えたら…その、あの…」
「判らない。その時が来ないと。
 それに…」
「それに?」
「叶うかどうかも、判らないもの…」
「随分弱気だな」
「な、何よ!」
「…叶うのを待つなんて
 咲樹さんらしくねぇって事」
「北条さんに同感ですね」
朝比奈はそっと
珈琲のお代わりを出しながら微笑んだ。

「ヒナさん…」
「夢は掴み取るものですよ。
 若いんだから、そんな弱気でどうするんです?」
「…確かに、私らしくなかったかも」
「そうですよ。
 沢渡さんの明るさと勇気は
 大門軍団の太陽なんですから」
「褒め過ぎですよ、ヒナさん!!」
咲樹は顔を真っ赤にしている。
その横で微笑みながら
北条は酒を口にしていた。

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SITE UP・2005.05.05 ©森本 樹

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