[63] 溝・2

偶然だった。

そんな気は無かったのに。
平尾の言葉を
偶然セブンで咲樹は聞いてしまった。

「ジョーが女の子とデートしている」

そんな他愛も無い言葉が
何度も頭を過ぎる。

聞き直す事も出来ずに居た。
冗談だと笑う事も出来ない。
曖昧な笑みを浮かべるのがやっとで
咲樹はセブンを後にする。
「…まさか咲樹ちゃんが来るなんて」
「油断だったな、一兵」

「…はい。
 傷付いちゃっただろうな……」
平尾はしょんぼりと首を垂れた。

「仕方が無いわよ。
 咲樹ちゃん、
 きっとジョーが此処に居ると思って
 顔を出したのね」
「ママ…」

「本気なのよね。
 見ていて羨ましい位」
「…うん」

「父親と重ねているんだよ」
「え…?」

静かに口を開いた浜に
二人は唖然とする。

「…知ってるんですか、おやっさん?
 咲樹ちゃんの父親…」
「…元同僚だ」
「へぇ〜。初耳」

「これを知ってるのは、
 課長と大さんだけだ」
「…極秘、なんですか?」
「そうだ」

浜は静かにそう呟いた。
「まだ、秘密なんだよ。
 そう…彼女にはな……」

* * * * * *

北条の想いが叶う事は無かった。

悲しい事実が、
その後に判明する。

彼はまんまと騙されていたのである。
そう、全ては
大門軍団の捜査情報を得たいと願う者の為。

彼女が、有紀が悪いんじゃない。
止むを得なかっただけなのだ。

そう解っていても
北条は許せなかった。

自分を騙した有紀を。
そして…
咲樹を傷付け、裏切った自分を。

「俺は……」
その怒りの矛先が
思わず有紀に向かった事にも
北条は自責の念を抱いていた。

殴ってしまった。
自分より弱い立場の者を。
女性を…。

「…最低だ、俺」
どうすれば良いのかすら解らない。

情報は迂闊にも自分が漏らし、
沖田を大怪我に追いやったのも自分。

誰もどうして自分を責めないのか。
罵られた方が、まだマシだった。

「…どうすれば、良いんだ?」
迷いは焦りを生み、
また焦りは迷いを誘発する。

北条の心は重い鎖で繋がれていた。

* * * * * *

「許す気にはなれない、ジョーの事?」
不意に沖田からそう声を掛けられた。

「えっ?」
「ハトはかなり頭にきてるみたいだったな。
 だから君もそうかと思って…」
「許すとか許さないとか
 そんな問題じゃなくて…」
「?」

咲樹は少し困惑した表情を浮かべている。

「ジョーが…
 酷く傷付いたんじゃないかって」
「…傷付いたのは君じゃないの?」

「私は驚いただけ。
 ただ、吃驚しただけで…」
「……」

「ジョーは私よりも年下だし
 多少の浮気は仕方が無いと思うんです。
 遊びたい年頃だし。
 でも……」
「…裏切られたショックは
 ジョーの方が深いって…
 そう言いたいんだ」
「えぇ…」

「勿体無いな、ジョーには」
「…オキさん?」
沖田は優しい笑みを浮かべている。

「いつもそうだね。
 君だけがジョーを理解しようとしてる。
 彼を懸命に庇っている。
 それは、どうして?」
「…えっ?」

「ただ、好きだから?
 年下だから?」
「いえ、そうじゃないと思うんだけど…」

沖田は何かを納得したように
深く頷いていた。

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SITE UP・2006.03.28 ©森本 樹

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