[62] 溝・1

「ジョーの奴、何してるんだ?」
鳩村は不満げに声を上げた。

現場検証で
北条の姿が見当たらない。

「そう言えば…」
「咲樹、何か覚えないか?」
「わ…私に聞かれても…。
 私はジョーの保護者じゃないんだし…」
「全く、『姫の騎士(ナイト)』失格だぜ」
鳩村の茶目っ気あるフォローに
咲樹は苦笑いを浮かべた。

決して仕事に対して不真面目では無い、
いや…寧ろ真面目な北条が
姿を見せないとはおかしな事だった。

「途中までは一緒だったのよ?
 僕を乗せて車 走らせてたんだから」
平尾が懸命に説明する。
「益々以って謎だ」
鳩村の言葉に
沖田は何かを思い出したらしく
一人腕組みをし、考え始めた。

「まさか…あの時の…?」
「オキさん?」
「いや…何でもないよ、咲樹。
 さぁ、お仕事お仕事」

沖田は笑顔浮かべ
咲樹の背中を押した。

彼女には言えない。
自分の考えは。
北条を心底愛している彼女にだけは
何が遭っても言えない。
沖田はそう感じていた。

* * * * * *

沖田の記憶は今朝に遡る。

爆弾が仕掛けられたと云う
喫茶店に聞き込みに行った帰りだった。
北条は大門に連絡を入れる為
黒パトに向かっていた。

その途中。

「あっ!」
女性の声に北条は振り向いた。

見れば一人の女性が
必死に何か紙を拾っている。
彼は何気なく手を貸した。

「楽譜…」
そう、それは楽譜だった。

「有り難う」
自分のは拾い終えたのか、
彼女は笑顔で北条が拾った楽譜を受け取る。

「あ、いや…」

咲樹で女には慣れた筈だと思っていたが
何故かドキドキしてしまう。
顔が熱い。

「あの…」
その後、彼女から何かを頼まれたのだが
正直はっきり聞き取れたのは
場所だけだった。

「待ってるから」
「あの…君……」
北条は伸ばしかけた手を
静かに下ろした。

「…どうしようか」

『お礼がしたいから』

彼女はそう言って微笑んだ。

「浮気には…ならないよな…」
北条が一人悶々としている姿を
沖田は不思議そうに見ていたのだった。

* * * * * *

北条が現場に現れない、
または張り込みに遅刻すると云った
有り得ない失態は
何度か続いた。

係長の雷にも、
仲間の問い掛けにも
北条は言葉を濁すばかりである。

気の所為か、
最近は余り咲樹に近寄らないよう
距離を取っている様にも思う。

「何なんだ、あいつ?」
鳩村は面白くないとばかりに
悪態を吐いた。

「らしくないよね、ジョー。
 ね、咲樹ちゃん?」
「私…何かジョーの癪に障る事
 やっちゃったかな?」
「無い無い! それは絶対無いっ!!」
「一兵に同意」

沖田だけはどうしても
この輪に入る事が出来なかった。

[61]  web拍手 by FC2   [63]



SITE UP・2006.02.02 ©森本 樹

【書庫】目次