Vorwort・3

光源八剣士・伝説 人の章 (現代編)

鋭い眼差しは真っ直ぐに
【獲物】を見つめている様だった。
だが、男の気配は漂う事無く
風景に消されている。

寡黙に煙草を吸い、
そこから身動き一つしない。
男は正に【風景】の一部だった。

「おい」

誠希が男に声を掛ける。
声を掛けられた男は
そこで初めて笑みを見せた。

「見回りご苦労さん。
 交代の時間だ」
「…あぁ」
「で? 首尾は?」
「…五分五分」
「お前の計算で五分か。
 …少し勝算有りかな?」

「誠希…」
「ん?」
「お前は楽観視し過ぎる」
「お前が悲観的だから
 丁度良いんだよ。
 ほら、早く瑠摩様の所へ」
「解った」

誠希と言葉を交わしたこの男、
梓潟 緋影(しがた ひかげ)はそのままスッと
風景に飲まれる様に姿を消した。

「…相変わらず
 『口数の少ない』男だこと」

誠希は口元に笑みを浮かべ
彼の仕事を引き継いだ。

「…異常無しかな?
 上出来、上出来」

* * * * * *

葵はこの間から
あの男の事が気になって仕方が無かった。

自分を救ってくれた青年。
額に深い傷を持つ
寂しげな瞳の男…。

あの腕の温もりが忘れられない。

「また…会えるかな?」

忘れられそうも無い。
会いたい。
こんなに強く思うのは
生まれて初めてかも知れない。

「…会いたいな。
 名前も、聞けなかったし……」

葵はそう呟くと
明日に備えて睡眠を取る事にした。

「お休みなさい……」

* * * * * *

朝。

葵は眠い目を擦りながら
慣れた通学道路を歩く。

すると。

「お~い!」
「…隆臥」

その声は葵の幼馴染、
辰風 隆臥(たつかぜ りゅうが)のものだった。

「久しぶり~! 元気だったか?」
「久しぶりね。
 近所に住んでるのに
 顔合わさないなんて…」

「時間帯が違うもんな。
 僕、暫く夜勤だったし」
「大変ね…」
「学生も大変だろう? お互い様さ」

隆臥は昔からそうだ。
自然な優しさで葵を和ませてくれる。
特別意識はしていないが
大切な【友達】である事に違いは無い。

それを果たして
隆臥は気付いているのか。

「あ、僕も今から出勤だった!」
「今日から通常勤務?」
「一応ね。駅まで一緒に行く?」
「うん」

葵はそう答えると
満面の笑みを浮かべた。

* * * * * *

彼女の事が忘れられない。

確かに感じた。
彼女の中に居る【彼女】を。

煙草を燻らせ、
カーテンを閉じた部屋で
江淋は何かを考えていた。

「……」

徐に携帯を掴むが
メールの着信を確認しただけで
そのままテーブルに置いた。

「俺には関係ねぇや…」

江淋はそう呟くと
浴室へと消えた。
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