Kapitel・1-1

光源八剣士・伝説 人の章 (現代編)

「辻谷 葵。
 それが彼女の名前だ」

瑠摩からその名を聞かされ、
江淋はあからさまに顔を顰めた。

「…お前、嫌な表情してるな。
 まぁ、こう云う情報収集は
 昔から嫌いだから仕方が無いか」
「嫌がらせか?
 それを俺に教えて
 どうするつもりだ」
「白を切るな、江淋」

瑠摩は激しい口調で江淋を責めた。
彼にしてみれば
非常に【珍しい】事である。

「お前が彼女を守っている事くらい
 もう判っているんだ」
「……」
「彼女は…」
「俺が誰を守ろうが、
 お前には関係無いだろう?」

江淋はそう吐き捨てた。

「彼女が【仁天子】だから
 俺が守ってるとでも言いたいのか?」
「…江淋?」
「【光源八剣士】の生まれ変わりなら、
 俺は…護衛なんか付くつもりは無い」

彼はそう言うと目を伏せた。

「俺は…
 【光源八剣士】を恨んでいる。
 俺から家族を奪った…
 【光源八剣士】を……」
「江淋…それは……」
「彼女を…もう、巻き込むな。
 そっと…今の人生を歩ませてやってくれ……」

江淋の言いたい事は理解している。
少なくとも瑠摩には解る。

【光源八剣士】として生まれてきた者の
望まざる過酷な運命。
誠希や緋影もまた、同じだ。

だが。

瑠摩には使命がある。
光赦菩来と交わした約束。
何もかもと引き換えにしても
瑠摩はその誓いを果たそうとしている。

そう。

それは江淋も理解している。
理解しているからこそ、
江淋ははっきりと告げているのだ。

「俺は…
 【運命】なんかの犠牲にはならない。
 彼女を守ると誓ったのは
 俺と同じ道を歩ませたくないからだ」
「…そうか」

瑠摩はそれ以上何も言わなかった。

江淋の決意は固い。
恐らく、彼女を守る為ならば
相手が自分でも迷わず剣を向けるだろう。

それでも良いと、思った。

「…済まない」

江淋は小さく、そう詫びた。

* * * * * *

「行って来ま~す!」

元気良く家を後にして
暫く歩いていると、
不意にポンと肩を叩かれた。

「?」
「よう」
「あ…」

葵は顔を見上げ、
思わず赤面した。

あれだけ逢いたかった人物が
今、其処に居る。

「どうした?」

優しい笑み、そして暖かな声。

「え…?」
「どうして、泣いてるんだ?」

大きな手が
そっと涙を拭き取る。

「私……」

どうして涙が出るのか、解らなかった。

「貴方に…会いたかったんです」
「俺に?」
「お礼を…言いたくて……」

言葉が途切れ途切れになる。
感極まっているからだろう。

「礼? 何の……」
「あの時は…本当に……」
「…もう、良いよ」

江淋は耳を真っ赤にして
言葉を遮った。

「俺は当たり前の事をしただけだ」
「でも……」
「…名前」
「え?」
「名前、教えてくれないか?」
「…私の?」
「俺は…江淋。
 嶺崎…江淋だ」
「辻谷…葵です……」
「良い名前だな」

江淋はそう言って微笑んだ。

「葵…って呼んで、良いか?」
「…は、はい」

葵は真っ赤な顔を隠す様に
俯いて答えた。
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