Kapitel・1-10

光源八剣士・伝説 人の章 (現代編)

緋影は慣れた様子で
腰を下ろした。

「俺にも珈琲」
「……」

困惑の表情を浮かべる江淋は
今迄に見た事の無い彼だった。
緋影にとっても。
葵にとっても。

「自己紹介がまだだった。
 俺は【梓潟 緋影】。
 アイツの義兄」
「辻谷…葵、です」

最初の印象とは違い
彼からは随分と優しい感じを受けた。
好意的、なのだろうか。

「俺の彼女だ。…口説くなよ」

やがて珈琲片手に江淋が姿を現す。

「俺がそんな男に見えるか?」
「念の為だ」

アッサリと言い切る江淋に対し
緋影は苦笑を浮かべている。

「江淋に彼女が出来たって聞いたんで
 会いに来たんだ」

緋影は正直に告白する。
そんな彼の言動に
葵は少し驚いている様だ。

「…そう、なんですか?」
「まぁね。
 義弟に彼女が出来たって聞いて
 興味が湧かない訳が無い」
「え? 今迄は?」
「特に誰かと付き合ったって話、
 俺は聞いた事無いから」
「余計な事言うなよ、緋影…」

江淋は先程から落ち着きが無い。
少しイライラしている様にも
見受けられる。

「…そうなんだ」

葵の少し嬉しそうな表情に
心の奥が暖かく感じる。

「恋愛には程遠い性格してるから。
 これからコイツの事は君に任せるよ」

緋影の言葉に
葵は顔を真っ赤にして頷いた。

* * * * * *

葵を家に送り届け、
そのまま2人は夜の街を彷徨う。

「今日は…静かだな」

緋影の言葉に江淋は頷くだけだ。

「…彼女は、やはり……」
「緋影」

江淋は彼を嗜める様に
短くその名を呼ぶ。

「…【関係無い】だったな」
「あぁ…」

江淋はそう言うと
懐から愛用の煙草を取り出す。

「そう言えば、
 彼女の前では吸ってなかったな。
 控えてるのか?」
「…そう云う訳じゃ無いけどな」
「随分優しいじゃないか」
「…そうか?」
「あぁ……」
「彼女は【特別】だよ」

感慨深い声で
江淋はそっと呟くと
暗闇の空に紫煙を漂わせる。

「この世界で唯一人…
 【特別な存在】なんだ」
「それは……」
「俺だって多少は自覚してるさ」

その瞳は以前から見せる
【悲しげな】色だった。

「訳も解らず命を狙われるなんて
 冗談じゃねぇよな…」
「江淋……」
「俺は…その気持ちが
 多少は理解出来るつもりだ」
「だから…
 【護りたい】のか?」
「…俺自身の為にな」
「……」

緋影は何も言わず、
彼の肩を軽く叩いてやる。
それが、彼なりの【励まし】。

「欲の無い男だよ、全く…」
「お前には負けるさ、緋影」
「どうだか…」

ふっと微笑む緋影を見ながら
江淋は自分達が
【似た者同士】である事を
再確認していた。
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