Kapitel・1-20

光源八剣士・伝説 人の章 (現代編)

江淋の左手には愛用の剣が握られていた。
水から生まれた剣。
特に構えている訳ではないが、
敵は彼の気迫に押され、動けずに居る。

長い長い膠着時間。
均衡を破ったのは…敵側だった。

江淋は微かに眉を動かすと、素早くその動きに反応した。

逆袈裟斬りで1体を薙ぎ払い、
続け様に剣を躍らせる。
見事なまでの剣戟。
素人目にもその凄さが伝わってくる。

『時折見せるあの哀しい瞳の理由(わけ)は…
 この事だったのかも、知れない……』

葵は黙ったまま江淋の戦いを見守っていた。
決着が早く着いてしまえば良い、と。

その時だった。

「?!」

直接結界を攻撃してくる集団が現れた。
余程知恵が働くのか。

「葵っ!!」
「わ、私…大丈夫! 平気だからっ!!」

声は震えていたが、葵は気丈に振舞っていた。

彼には目の前の戦いに集中してもらいたい。
そして、自分は
彼の残してくれた結界の力を信じている。

「ま…負けないんだから…っ!」

実際に戦うとなると話は別だが
気持ちだけは負けたくない。
葵は自身の恐怖と懸命に戦い続けていた。

* * * * * *

結界の強度は或る程度なら維持出来るだろう。
しかし、今の様に傷を負った状態で、となると
正直…言い切れる自信は無い。

江淋は内心焦っていた。
そんな余裕など無い筈なのだが。

『今は目の前に集中しろ。
 とにかく、数を減らすんだ』

そう自分に言い聞かせ、剣を振るう。

傷の痛みは確かにあるが
それよりも何時まで結界が彼女を守るかの方が
彼には余程心配だった。

『この程度で…立ち止まる訳にはいかないんだよっ!!』

一瞬脳裏を過ぎったのは【あの】映像だった。
同じ思いはもう二度と味わいたくない。
その一念だけが彼を駆り立てている。

鬼気迫る表情。

葵も又、江淋の心境を感じ取っていたのだろう。
自身の置かれている状況よりも
彼の状態の方が気掛かりだった。

『大丈夫だよ』

不意に、誰かの声が届く。
耳からではない。
直接、脳に響く奇妙な感覚。
だが、とても心地良い…優しいトーン。

『もう大丈夫。心配は要らない』
「…誰?」

葵の声に答えるかの様に
蒼く輝いていた筈の結界が鮮やかな緑へと
ゆっくりと、しかしハッキリと変わっていった。

強度が増したらしく、
しがみ付いていた敵は瞬く間に弾き飛ばされていく。

「遅れて済まない。怖かっただろう?」
「…貴方は」

遠目で一度会っただけだが、判る。
声の主、その人物は…誠希だった。
2人の危機を察知し、助けに来てくれたのだろう。

「江淋、彼女の事は心配するな。…蹴散らせっ!」
「……言われなくてもっ!!」

江淋の声の張りが戻っている。
自分よりも防御に長けている誠希の支援は有り難い。
漸く戦闘に集中出来る。

事実、誠希が強化した結界へは近付く事すら困難で
先程から敵は様子を伺うのみだ。

「…ん?」

江淋は、誠希とは別の位置に何かの気配を感じ取っていた。
直後、氷の鎖が縦横無尽に広がり 敵を倒していく。

「緋影さん……」

葵もハッキリと認識していた。

彼女のその声と表情に、
誠希は満足げな笑みを浮かべていた。
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