もう何度か目にした、
【血の満月】と呼ばれる現象。
この場所は時間を感じないが、
確かに変化は感じ取っている。
もう一つの世界に転生した
【仲間】の存在を。
敵が襲って来ないこの静粛に
一抹の不安を抱えながらも
雷摩は静かに、今を体感していた。
今。
過去でも、未来でもない…今。
それが一体何の意味を為すのか。
「流石に俺の頭じゃ解らんな。
【智天子】か、若しくは【戒天子】でなければ…」
そう呟き、ゆっくり立ち上がる。
生暖かい風がそっと髪に触れる。
遠くを見つめていた。
その姿を確認する事は難しい、
自分達の敵が潜む【居城】を。
それが存在する筈の場所を
彼は睨み付けていた。
「今は小康状態かい。
敵もなかなか考えてくるじゃねぇか。
じゃあ遠慮無く、此方も休むかね」
雷摩は卑屈な笑みを浮かべると
そのまま、視線を天に向けた。
嘲笑うかの様に輝く、あの紅い月に。
微かに感じる気配。
やはりこの間から【自分】を見ている。
複数の様な、単体の様な。
「…俺、何かしたっけ?」
隆臥は必死に気配を追い掛けるが
それを察すると不意に消える。
今迄こんな事は無かった。
そんな過去の経験が
益々彼を追い詰めて行く。
「一度警察に話してみる…かな?
あぁ、でも…
【自意識過剰】とか言われると
それはそれで落ち込むな…」
ふと胸ポケットに収納した
携帯電話の存在が気になる。
何気なく取り出し、
電話帳をザッと見渡す。
或る人物の所で、視線が止まった。
【嶺崎 江淋】
「アイツなら…大丈夫、かな」
彼の脳裏に何故か江淋が浮かんでいた。
この理不尽な出来事も
何故か江淋なら解決して来る様に感じたのだ。
理由等無い。
それは殆ど【直感】だった。
「一度連絡を入れてみるか…。
葵に対しては口止めを頼もう。
変な心配させたくないし…」
葵だけは巻き込みたく無かった。
江淋もその事は快く了承してくれる筈だ。
「出てくれれば良いんだけどな…」
隆臥はそう呟きながら
登録された番号に発信していた。
瑠摩とは離れた場所で
緋影は唯一人、街を眺めていた。
以前はそれ程感じなかった。
親の顔も知らずに育った為か
世間に対しての関心も薄かった。
誠希だけが、自分の世界の全てだった。
そんな彼の閉ざされた扉を
優しく開いてくれた人物。
理由は、必要では無かった。
その人物の為だけに
今度は生きてみたくなっていた。
そして…今。
「俺が【俺で在る】事に気付いたのは…
何時からだったんだろう…?」
【光源八剣士】の一人、【勇天子】。
そんな自分の真の姿に気付いたのは
瑠摩と出会ってからだ。
彼と会わなければ…
自分も、誠希も気付かなかっただろう。
生まれて来た【理由】を。
「それはそれで…
【幸せ】な事だったんだろうよ」
フッと笑みを浮かべながら
緋影は吸っていた煙草を
愛用の携帯灰皿へと捨てた。