行き付けの喫茶店でアイス珈琲を口にしながら
葵は心配そうに口を開いた。
「変って?」
「何かね、神経をピリピリさせてるって感じ。
あの状態の隆臥って怖いのよね…」
「心当たり有るのか?」
「全然……」
流石に葵は勘が良い。
オマケに幼馴染として仲が良い分
変化に関しては一度で見抜いてしまう。
「お前の勘に聞きたいんだが」
「勘って…」
「最近、隆臥の周りで不審な気配を感じないか?」
「不審な気配?」
「この間の…あの男の様な」
江淋は影法師戦の話を持ち出した。
合点は行ったらしいが、葵の反応は鈍い。
どうやら、彼女の感じた気配はそれと異なるらしい。
「どう違うか、説明出来そうか?」
「う~ん、何と言うか…不気味なの」
「不気味…」
「ハッキリしない返答で悪いんだけど…」
「いや、よく解った」
江淋は微笑を浮かべて見せたが
目は全く笑っていない。
葵を巧く誤魔化せたとは思えない。
『拙いな。かなり動きが速い』
予想以上に敵の増援が速いのだ。
悠長に仲間探しをしている余裕は無い。
『葵の感じた不気味さは
それ相応の奴の到来と思って間違いない。
やはり…狙いは隆臥か?
それとも、隆臥をフェイクに
葵を狙っているのか…』
的が絞れないまま、もう数日過ぎている。
アイス珈琲の氷が少し溶けたのか
グラスにカツンと当たって沈む。
「江淋?」
「ん? 何だ?」
「私も用心してるから」
「勿論だ」
葵は態と腕を巻くって見せる。
細身の腕に力瘤などは出ないが
安心しろ、とのメッセージなのだろう。
「お前の事は俺が守るんだ。
どんな奴からでも守ってやるよ」
この言葉に一片の偽りも無い。
江淋が漸く見せた笑顔に
葵も深く頷いていた。
いつも見慣れている紅い月、紅い夜空。
それが何故か、今宵だけ違う。
違和感が有る。
「暫く城が静かだと思っていたが…
どうやら悪さを働いているのは変わらんか。
場所が変わっただけ…ふむ……」
いつもの場所で雷摩はジッと
或る空間を見つめている。
この世界と、別の世界を繋ぐ【扉】を。
「どの道、影響は受ける。
だが…俺が此処を動く事は叶わん。
向こうの世界の事は
向こうの奴等が処理する問題だからな」
口では素っ気無いが、心は落ち着かない。
愛器を手に暴れ回っている方が
まだ気持ちは安静を保てるというものだ。
「いずれにしろ、動く。
遅からぬタイミングでな」
見えぬ世界、其処に存在するであろう剣士達。
いつか来る再会の日を
雷摩は孤独に待つ事になるのだろう。
彼は静かに微笑むと両目を閉じた。