Kapitel・2-4

光源八剣士・伝説 人の章 (現代編)

不穏な気配は感じていた。
それが何を意味するのかは解らなくても
危機感だけは感じ取っていた。

「空気が…」
「ん?」

いつもよりも元気の無い葵の表情を見つめながら
江淋がそっと声を掛ける。

「どうした、葵?」
「空気が、重いの。
 息が詰まりそうな位に」
「空気が、重い…?」
「私の気の所為かも知れないけど」
「いや、そうじゃないだろう」

彼女の感じ取っているものは間違い無い。
奴等の気配だ。
それに慣れてしまっている自分とは違い
彼女は敏感に【異質の者】の存在を感知している。

自己防衛の為にではない。
恐らくは、守りたい者の為に。

「今日…な」

江淋は妙に神妙な顔つきで言葉を続ける。

「何?」
「飯、食いに行かないか?」
「え…?」
「誠希の奢りでな、話が有ったんだ。
 俺一人ってのも何だし…」
「でも…」
「趣味なんだよ。料理」
「趣味って…誠希さんの?」
「そう」

誠希から誘いが有ったのは事実である。
暗に「葵を誘え」と言うメッセージ付きで。
彼も仁天子の転生体として
彼女が何処まで過去を知っているのかを
確認したがっている。

「お邪魔にならないのなら…
 興味有るなぁ」
「じゃあ行くか」
「うん」

彼女が元気な笑顔を見せた事で
江淋もやっと安堵の息を吐いた。
以前の様な不意打ちを受けても
同志が居る状態なら反撃にも転じ易いし
守備に特化した誠希の能力は有り難い。

『今は素直に奴等の力を宛てにするか。
 俺一人では限界も有るってのは
 嫌と言うほど実感したからな…』

同じ轍は踏まない。
江淋は胸ポケットから
小さな携帯電話を取り出した。

* * * * * *

「暗い御時勢を象徴する様な
 ニュースばっかりだよなぁ…」

ボヤキながらチャンネルを換えていたが
やがてそれにも飽きてきた。
洗い物をする母親の後姿を見ながら
近くに有った洗濯物を畳む。

「隆臥、置いておけば良いから」
「畳む位出来るって」
「疲れてるんでしょ?」
「飯も食ったし風呂も入った。
 充分休ませてもらってますよ」

一人息子と母親。
二人きりの生活も18年が過ぎていた。
極自然に洗濯物を畳んでいく息子に
母親は優しい眼差しを向ける。

「隆臥」
「ん?」
「葵ちゃんの彼、よく会うの?」
「うん、結構会ってるよ。
 話もするし、世話にもなってる」
「世話?」

「鉄柱の話、しただろう?」
「あぁ、急に降って来たって…」
「最近変な事が多いからさ。
 相談に乗ってもらってるんだ」
「そうだったの…」

隆臥はふと手を止め、母親を見つめる。

「変、かな?
 確かに恋敵なんだけどさ…
 俺にとっては友達でも在るんだ」
「変じゃないわよ。
 恋敵だからって喧嘩ばかりするのも
 どうかと思うわよ」
「まぁ…そうだよね」
「一度、ウチに来てもらったら?
 母さんからもちゃんとお礼を言いたいし」
「そうだね」

隆臥は笑みを浮かべ、
再び洗濯物を畳みだす。
その姿を見ながら
彼女は何かを思案している様だった。
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