急に外が暗くなった。
一瞬で闇に包まれるとは
この様な感じなのだろうか。
「母さん、足元が危ないから…」
そう言い掛けてハッとする。
其処に居る筈の母親の気配が無い。
闇間に時が溶け込んでいく空間。
以前にも感じた事が有っただろうか。
この不気味さと不安は。
「…誰か居るのか?」
不意に感じた存在。
隆臥の勘は闇の先に何かを察知する。
「誰だっ?!」
彼の叫びに呼応する様に
闇の手がゆっくりと空間を侵食し始めた。
葵と江淋が異変に気付いたのは
これと程同時刻であった。
尤も、彼女が
闇の異変を的確に感じ取っている訳ではない。
まだ、其処までは覚醒していないのだから。
「江淋。隆臥の家の近く…」
「そうみたいだな」
「何か遭ったんだわ」
「俺は今から隆臥の家に向かう。
お前は…」
「私も行くから」
「…そう言うと思ったよ」
やや呆れた表情ながら
江淋は素早く携帯電話を取り出した。
この辺りは学習能力の高さである。
「緋影さん?」
「あぁ」
2コールで緋影に繋がった。
手短に2~3事伝えるとそのまま切る。
ものの数秒の出来事だ。
「今すぐに来る。誠希もだ」
「じゃあ、皆で一緒に!」
「現場へは俺と緋影で向かう。
お前は誠希と留守番だ」
「…仕方が無いわね」
「当たり前だろうが」
少し怒った表情を作り、
江淋は彼女へ自重を促した。
そうでもしなければ、彼女の事だ。
誠希の制止を振り切ってでも
現場に突撃するのは目に見えている。
「急ごう」
江淋の言葉に、葵は力強く頷いた。
2人が現場に到着すると
瞬時に直ぐ側の空間が歪み始めた。
「えっ?」
葵が慌てて其方に視線を向けると
何事も無かったかの様に
誠希と緋影が姿を現した。
「やぁ、驚かせて済まない。
火急の用だからね、使っちゃったよ」
「誠希さん…?」
「テレポーテーション。
便利なんだけど、
目立つから普段は控えてるんだ」
誠希は笑顔を崩さずに
葵の周囲を探り始めている。
標的にされているのは隆臥だ。
彼女との接点は多い。
隆臥を狙うと見せ掛け、
葵を攫おうとする輩が潜んでいても
何らおかしくはないのだ。
「じゃあ、2人は幼馴染殿の救出へ!」
「解った」
「ちゃんと待ってろよ、葵!」
「…隆臥をお願いね!」
葵の声援に手を上げて答えながら
二人は闇に溶け込む様にして消えていった。