Kapitel・3-6

光源八剣士・伝説 人の章 (現代編)

「もう目を開けても大丈夫だ」

声に促され
葵はゆっくりと両目を開いた。

広く大きな部屋。
客間なのだろうか。
可愛らしい装飾が施してある。
まるで絵本に出てくる
お姫様の部屋の様だ。

「此処は…?
 さっき迄、道の上だった筈なのに」
「我々闇一族が住まう場所。
 【裏側の世界】…とでも呼ぼうか」
「裏側?」
「そう。光と闇が同時に存在する様に
 世界にも表と裏が在る」
「表裏一体…って事?」
「その通りだ」

魁淋、否 沙羅萬陀は
とても嬉しそうに頷いている。
その表情は少しだけ、江淋に似ていた。

「【空間の扉】を開く際
 どうしても扉自体が発光してしまってね。
 驚かせて済まなかった。
 目は大丈夫かい?」
「大丈夫…だけど」

物腰柔らかな目の前の男は
本当に闇一族の当主なのだろうか。
まだ、葵は信じられずにいる。

「だけど?」
「私…本当に【仁天子】なの?
 その…セルバールさんと同じ様な
 【能力】を持っていて、それが使えるの?」
「自身を疑っているのかい?」
「だって…私には【光源文字】も無いし……」

沙羅萬陀は微笑を浮かべ
葵に対して自身の左手の甲を見せた。

「【光源文字】とは…この様な物かい?」

甲に浮かび上がる銀色の発光文字。
其処には【礼】と刻まれてあった。

「【礼】…。じゃあ、貴方は
 【礼天子】って事なの?」
「そう云う事になるかな」
「皆からは聞いた事が無かった。
 【礼天子】が存在するって…」
「そりゃそうだろう。
 【礼天子】は謂わば消え去った存在。
 光源八剣士の伝説に於いて
 末席も与えたくない筈だ。
 彼等からすれば、【裏切者】だからね」
「そんな……」
「欠番となった【礼天子】の座を
 埋めてくれたのが…」

沙羅萬陀は笑みを浮かべたまま
そっと葵の左手を取った。

「?」
「【仁天子】だ」

彼の声に導かれる様に
葵は自身の左手甲に目をやる。
其処には眩く輝く【仁】の文字が在った。

「私が…本当に……?」
「【義天子】と【戒天子】は
 本能で感じ取っていた様だ。
 君こそが三代目【仁天子】だと」
「まだ…信じられない……」
「今はそれで良い。
 信じられないのは当たり前だ」
「…否定しないの?」
「何を否定する事が有る?
 君は、君のままで在れば良い。
 やがて、過去の記憶も
 徐々に蘇ってくるだろうが…
 それに左右される必要は無い。
 何故なら」

沙羅萬陀の目が一瞬だけ険しくなった。

「君は、君だからだ。
 この時代に【辻谷 葵】として
 誕生して来た事こそに意味が有る」
「…魁淋さん」

そう呼んだ直後、
葵はハッとして手で口を抑えた。

「沙羅萬陀さん、だったっけ…」
「呼びたい様に」
「え? 良いの?」

彼は笑っている。

「二人きりの時は。
 流石に部下の手前
 公には許可しかねるが」
「解ったわ。なるべく気を付けるから」

沙羅萬陀はゆっくり頷いた。

「では、屋敷の中を案内しよう」
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