朔耶と云う男

1.始まり(第壱幕)

朔耶の悪乗りは今に始まった事ではない。

自分自身の【強さ】や【破壊力】は
或る程度の理解を示しており
自分から喧嘩を仕掛ける事はしない。
だがあくまでも『自分から』喧嘩をしないのであって
売られた喧嘩に関しては対象外である。

寿星との出会いも喧嘩だった。
因縁を付けられ、逆にコテンパンに伸してやった。
今迄喧嘩で負けた事の無かった寿星は
朔耶の強さに惚れ込み、
弟分として付き従っているが
まさか出仕をさせられるとは思わなかったらしい。

「兄ぃ、今日は一段と体の切れが良いなぁ…。
 下手に調子乗って、半殺しは止めて下さいよ!
 相手、一応ヤーさんですし!」
「んな事知るか!
 死にたくなければ逃げろってんだっ!!」
「無茶苦茶言ってる…」

呆れた寿星は目を手で覆い、俯く。
その一瞬の空白。

劣勢だった黒服の一人が、懐から拳銃を取り出す。
両手でグリップを握り、構えた。

「えっ?!」

寿星が声を上げるよりも速く
朔耶とは別の【影】がその拳銃を蹴り落としていた。
庇われていた筈のあの男である。
右手で黒服の右腕を掴み上げ、
そのまま自身の右足を腕目掛けて振り下ろした。

「!!!!!」

声にならない絶叫が響き渡る。
恐らくは腕の骨を折られたのだろう。
ブランブランと揺れる腕を押さえながらのた打ち回る。
そんな黒服を尻目に
男はアスファルトに落とされた拳銃を拾い上げた。

撃つのか?

一瞬そう思わせたが、男が引き金を引く事は無かった。
だが、あろう事か男は
その拳銃をそのまま着物の袖に入れた。
堂々と奪い取ったのである。

長過ぎる髪や汚れ切った顔からは表情は窺い知れない。
だが寿星には男が怪しく微笑んでいる様にすら見えた。

朔耶も一歩遅れてだが、事態を飲み込んだらしい。
だが彼の反応は寿星の不安とは真逆だった。

「サンキュー!」

笑顔で男に声を掛けたのである。
そしてもう一人の黒服に
渾身の一発を腹部にお見舞いする。
悶絶しながら倒れた黒服の口の端からは
細かい泡がダラダラと流れ落ちている。
相当重い一発が鳩尾に入ったらしい。
多少は加減をしたのだろうか知らないが
朔耶のこの徹底した戦い方は毎回肝を冷やされる。

「強いんだな、お前」

警戒心は無い。
屈託の無い笑顔を浮かべながら
朔耶は男との間の距離を縮めて行く。
一歩、又一歩と。
男の手元にはまだ拳銃が有る。
それすらも気に留めていないと云うかの様に。
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