御節介

1.始まり(第壱幕)

「助けてくれと、懇願した訳ではない」

男の返答は随分と素っ気無かった。
確かに、頼まれた訳ではない。
朔耶が勝手に判断し、勝手に暴れただけだ。
それは事実である。

「まぁ、結構良い運動になったから満足してるよ」
「…半殺しにしておいて【運動】って」
「寿星」
「はいな?」
「一応、救急車だけ呼んでおくか?
 警察サツは誰かが呼ぶだろうし」
「…一応聞きますけど、兄ぃ」
「ん?」
「呼んだ後どうするんですか?」
「フケる」
「…好い加減にして下さいよ。
 又 事情聴取で俺が呼ばれるんスよっ!
 俺のスマホから緊急車両呼ぶんだから
 身元だって簡単に割れるんスよ?」
「それも面倒臭ぇなぁ~」
「死にはしない。放っておけ」
「へ?」
「自業自得だ」
「…それもそうだな」

髪の奥に隠れ気味な男の表情が一瞬曇った。
流石に痛みが走ったのか。
奥歯を噛み締め、堪えている様だった。

「お前はどうなんだよ?」
「…大事無い」
「本当かよ?」

前屈みで胸を押さえる様な立ち方。
肩は小刻みに震えている。
あれだけ殴打されたのであれば
肋骨に罅位は入っているかも知れない。

「動くな」
「?」

朔耶は男の首元と腰の辺りに腕を伸ばすと
そのまま抱き上げた。
背丈はそれなりに有りそうだが
男の体重は殆ど感じない位に軽い。

「俺の知り合いに腕の良い医者が居る。
 ソイツに診てもらえば良い。
 連れて行ってやる」
「ワシには構うな」

(ワシ?)

朔耶は思わず寿星と顔を見合わせた。
随分と古めかしい一人称に感じた為だ。

「俺はこう見えて御節介な性格なんだ。
 お前が何所かで行き倒れになったら
 俺の夢見が悪くなるんでね」
「…勝手にせい」
「あぁ、勝手にする」

痛みに負けた、とは認めたくないだろう。
だが男は頑なに拒絶する事はせず
朔耶のしたい様にさせようと決めたらしい。

「人間、素直で居ると長生き出来るぜ」

この朔耶の言葉に
男は自嘲気味な笑いを漏らした。
ただ、それだけだった。
しかし…だからこそ、
心に引っ掛かる【笑い】でもあった。

「ところで兄ぃ…」
「何だ、寿星?」
「医者って…まさか……」
「…アソコしかねぇだろ?
 聞くな、莫迦。悟れよ、それ位」
「…診てくれますかね?」
「アレでも医者なんだから診るだろ、そりゃ」
「…だってあの人、兄ぃの……」
「その先、言ったら許さねぇからな…」
「…へぃ、黙ります」

溜息を吐き、寿星は言葉を飲み込んだ。
流石に…生命が幾ら有っても足りない。
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