十六夜

1.始まり(第壱幕)

自分の衣装を貸し与え、
もう一度マンションへと向かう。
頭上の月が薄らと輝いていた。

「そう言えばさ」
「?」
「お前、名前は?
 俺は朔耶。蓮杖れんじょう 朔耶さくや
「……」

男は何も言わず、月を見つめる。
今宵の月は満月よりも多少は欠けていた。

「月が、気になるのか?」
「……」
「今日は…満月、じゃないな」
「…十六夜」
「ん?」
「今宵は【十六夜の月】。
 満月を一つ過ぎた月となる」
「へぇ~、詳しいな」
「……」

男は一瞬だけ表情を曇らせた。
それが何を意味するのか、
やはり朔耶には窺い知る事は出来なかった。

「我が名を問うか」
「あ…あぁ。
 やはり名前を知らねぇと何かと不便だからな」
「ならば…【十六夜いざよい】と呼ぶが良い」
「十六夜…で、良いのか?」
「うむ。今宵の月に因んで」
洒落しゃれてるな」
「……」
「じゃあ、遠慮なくそう呼ばせてもらうぜ。十六夜」
「承知した。…朔耶」

初めて名前を呼ばれた。
それは即ち、十六夜が自分の存在を認めた事。

今風の格好に身を包んでも
やはり十六夜の体から重みを殆ど感じない。
微かに感じる体の温かさが
彼を【此の世ならざる者】ではないと証明してはいるが
霧か霞の様に消え去りそうな程の感触だ。

十六夜が少し顔を顰める。
流石に傷の痛みが堪えるのだろう。
一刻も早く診てもらわなければ。
そう思うと、朔耶の四肢に一層力が籠もる。

「痛むんだろ?」
「…大事無い」
「無理すんな。
 医者を前にしてその態度じゃ
 治るものも治らなくなるぜ」
「…成程」
「素直になれば良いさ。自分に必要な時位はな」
「ふっ…」

反論をしてこないと云う事は
今は朔耶の言いなりになる、と解釈しても良いのだろう。
不思議と、微かにだが彼の両腕に
十六夜の重みが甦ったかの様に感じた。

* * * * * *

再度の訪問を予期していたのだろう。
朝露は何も言わず、今度は部屋に招き入れてくれた。
治療準備も整っている。

「頼むぜ、叔父貴。
 アンタの腕を見込んで頼んでるんだ」
「しくじるかいな、この程度で。
 それよりも朔耶…」
「ん?」

朝露は親指と人指し指で器用に丸を作る。
どうやら報酬の意味らしい。

「解ってるって、払うよ」
「500(万円)」
「…マジで?」
鐚一文びたいちもんかりまへんで」
「少しは勉強してくれない?
 今月、俺ピンチでさぁ…」
「500。1円も負けられまへんなぁ~」
「くっそー、足元見やがって…」
「まいど」

金額の遣り取りで守銭奴の朝露に勝った例は無い。
朔耶は渋々、治療費の500万円を払う条件を呑んだ。
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