食 事

1.始まり(第壱幕)

朔耶の家である蓮杖神社
その彼の部屋にて。

「しっかし…細いな、お前。まるで骨と皮だ」

十六夜の着替えを手伝いながら
朔耶はまじまじと彼の体の状態を見ていた。
かなりの白い肌色に醜く残る、鬱血した打撲痕。
見るからに痛々しい。

「筋肉有るの?」
「さぁな」
「多少は有りそうかな?と思ったけど
 やっぱり体重は嘘吐かないか。
 軽い筈だぜ、この状態じゃ」
「問題でも有るのか?」
「大有りだ!」
「ほぅ…」
「死ぬぜ、その内。こんな状況が続けば」
「死にはせんよ」
「んな訳ねぇだろ」
「…死にとぅてもな、死ねぬのだよ。ワシは」
「…何だよ、それ?」
「……」
「まぁ、良いや。俺もそれ以上は聞かねぇ。
 でもな、十六夜。これだけは言っておく。
 飯は必ず食え、良いな」
「……」
「俺が用意してやる。
 腹が減ったら遠慮無く俺に言え。
 そうすりゃお前の好きな物、
 何でも作って用意してやるから」
「兄ぃの料理の腕は格別だぜ。
 間違い無く美味い物だらけだから
 その点は安心しな」

朔耶が、寿星が微笑を浮かべる。
十六夜もそれに釣られたか
微かにだが笑みを浮かべた。

「で、何が好みなんだ?」
「ん?」
「どんな飯が好きなんだ?」
「…よく判らぬ」
「え…?
 う~んと…じゃあ、どんな物を食ってた?」
「…木の根」
「えっ…?」
「芋は馳走ちそうであったな」
「……おい、待て」
「ん?」
「芋ってじゃが芋とか薩摩芋?」
「名前は知らん。甘い芋だ」
「…薩摩芋かな?
 それ、どうやって食ってた?」
「どうやって…とは?」
「だから煮てとか、焼いて…とか」
「?」
「料理、知らない?」
「そのまま食していたが…」
「生でっ?!」
「あぁ…」
「…成程、ね」

朔耶は何か合点が行ったらしい。
成程『薩摩芋が御馳走』と云う
先程の十六夜の発言も納得である。

つまり、『食事を取る』と云う習慣が
彼には無かったのだ。
それがどう云う意味なのか
正直、追求したくは無かった。
初めて出会った時の彼の姿、言動。
そして今の言葉を推察すれば
彼が今迄歩んで来た道の険しさが
朔耶にもそれなりに伝わって来たのだ。

(人間らしい生き方も出来ず…
 今迄、戦って来たって事か。
 誰かに追われている様でもあった。
 飯を食う暇すらなく必死に生きてきた…。
 つまり、そう云う事か)

気が重くなりそうだ。
だが、朔耶は努めて明るい笑顔を浮かべた。
十六夜を不安にさせたくは無かった。

「じゃあ、けんちん汁を作る。
 あれなら温まるし、腹にも優しい。
 野菜も豊富だから健康にも良い」
「けん…ち…?」
「試しに食ってみろよ、な?」
「…ありがとう、朔耶」
「礼には及ばないよ」

再度、微笑を浮かべ
朔耶は自室を後にして台所へと向かった。
Home Index ←Back Next→