さよなら

10. 別れ(第壱幕)

勝負は、呆気無かった。

六条親王の背後から誰かが彼の右胸を霊力で撃ち抜いていたのだ。
それだけではない。
彼の右手に握られていた【陰陽鏡】ごと、霊力の弾丸は撃ち抜いていた。
粉々に砕けた【陰陽鏡】の欠片が、月の光を受けてキラキラと輝き
静かに地面へと舞い落ちていく。

「…どうして……?」

六条親王の体が崩れ落ちると同時に、攻撃者の姿を確認出来た。
有ろう事かそれは、【陰陽鏡】が無ければ
生きていけない筈の十六夜本人だったのだ。
彼の両手は【智拳印ちけんいん】が結ばれており、
この攻撃も【陰陽鏡】の破壊そのものが目的であった事を窺わせる。

「く…口惜し、や……」

六条親王はそのまま何かを唱え、
自身の体を霧の様にその場から消し去った。

「これ、で……」
「十六夜っ?!」

崩れそうな十六夜の体を、朔耶が、乾月が抱き起こす。
初めて会った時よりも軽く感じる体重に、朔耶は恐ろしさすら感じた。

「これ、で…良かった……、の…だ…」
「何がだよ? これじゃお前、助からねぇじゃねぇかよっ!!」
「さく、や…。おぬし、と…あえて……、良かっ、た……。
 これで、わたし…も……、やっと、人の…理に、還れ、る……」
「……っ!!」
「わた、しは……お、ぬしの…枷、に…なりたく…ない……。
 忘れて、くれて…良い……。私、の…事…そして……」

朔耶はもう、声にならなかった。乾月も涙を堪えている。
十六夜は優しい微笑を浮かべたまま、最期の言葉を残そうとしていた。

「じゆ……に、なって……」

『自由に』

十六夜が朔耶に伝えたかった想い。自分が出来なかった生き方。

「十六夜…?」
「十六夜、お前…体が……」
「体が、消えていく…?」

十六夜の体は足元から半透明に変わり、徐々に上へと範囲を広げて
ゆっくりと消え去ろうとしていたのだ。
まるで【陰陽鏡】の魔法が解けてしまったかの様に。

『ありがとう』

最期は声にならなかった。唇の動きだけが全てだった。
その言葉を言い終えると、十六夜は完全に消えた。
桜の花吹雪が彼を攫って行ってしまったかの様に
十六夜月の夜空に吹き荒れていく。
奇しくも最初に彼と出会ったあの日と同じ月だった。

朔耶も乾月も、その場から一歩も動けずに居た。
全身に力が入らない。時が止まってしまったかの様な感覚。

やがて月は沈み、朝陽が二人をゆっくりと照らし始める。

「……んで、だよ」

朔耶は漸く声を発する事が出来た。

「何で、何でこうなっちまうんだよっ!!!」

慟哭が周囲に響き渡る。
何事も無かったように舞い降りる桜の花弁を睨み付けながら
朔耶は叫び声を上げ続けるしか出来ずにいた。


~第壱幕・完~
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