誰が為に

10. 別れ(第壱幕)

明らかに先程の戦いとは動きも何もかもが変わっていた。
眠っていた朔耶の【戦士】としての資質が一気に花開いた。
そんな印象すら受ける。
今の彼の戦いは【武士】のそれではなく、【退魔師】としての物。
自由自在に変化を繰り返しては六条親王に襲いかかる【村雨】が
今の朔耶の戦いを如実に表していた。

だが、まだ届かない。
六条親王の右手に握られたままの【陰陽鏡】には。

「答えてくれ、【陰陽鏡】!
 十六夜の為にも、お前の力が必要なんだっ!!」
「無駄な事を!」
「無駄な物なんざ一つも無ぇよ! 今迄の戦いから、俺はそれを学んだ!
 無駄だと切り捨てた時に、自分の道を自分で潰すんだってなっ!!」

諦めない。それが、今迄の戦いで朔耶が学んだ事。
だからこそ、今こうして戦える。十六夜の為に。
あの時届かなかった背中を、今は自分が護る為に立ち向かえる。

「打ち砕いてくれるわっ!!」

六条親王の霊力が飛躍的に上がっていく。
明らかな憎しみの色を浮かべた瞳。
憎悪が、彼の力を底上げしていくのが判る。

「忌々しや、朔耶っ!
 貴様が産まれねば九条は余だけの者だったのに…っ!
 あの女性かたの忘れ形見、永遠に余だけの者と…っ!!」
「何っ?!」
「貴様さえ存在せねばっ!!!」
「くっ!!」

凄まじい剣圧に押されながら、朔耶は一歩も退かなかった。
気と気のせめぎ合いが激しい火花となって打ち合い続ける。
気迫で押し返そうとするが、
六条親王はそれ以上の圧力プレッシャーを与えて来た。

憎しみだけが六条親王を突き動かしている。
今の朔耶が窺い知れない、過去の因縁。
半歩ずつ、朔耶の足が圧力に押されて下がっていた。

朔耶! これ以上は危険だ。受け流せ!!
「今更出来るか! それに、こんな膨大な気だ。
 受け流した先がどんな被害を受けるか判ったもんじゃねぇ!!」
しかし…その前にお前の体が…っ!!
「俺を信じろ、【村雨】! 俺は、負けたりしねぇ!!」

朔耶は更に己の気を練り上げた。
僅かではあるが、六条親王の圧力を押し返す。
そう長く保たない事は百も承知。それでも、彼は敢えて行った。
自分の護るべき存在の為に、退く訳にはいかないのだから。

* * * * * *

「此処に居たのか、弓ちゃん」
「あぁ、白露ちゃんか…」
「お勤め、ご苦労さん」
「ん…」

帰路に着こうとする弓に声を掛けたのは、夫である白露であった。
蓮杖神社が戦場になると予期していた弓は
事前に白露を神社から遠避けていたのだ。
朔耶の戦いの邪魔にならぬ様に、と。

「朔耶の奴、強くなった。でも、相手が悪い…」
「弓ちゃん、朔が負けると思ってるのかい?」
「……」
「朔は、勝つさ」
「白露ちゃん…?」
彼奴アイツは今迄どんな喧嘩でも相手に負けた事が無い。それに」
「それに……?」
「彼奴は、俺達の自慢の息子さ。少々道楽が過ぎるけどね」
「白露ちゃん……」
「俺達の息子が、こんな所でくたばって堪るかってんだっ!!」

唸る様に吐き出された父親としての本音。
二人は信じていた。朔耶の勝利を。
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