九条尊

10. 別れ(第壱幕)

あれから何時間経過しただろうか。
たった一人、孤独な部屋の中で秒針の音が響き続ける。
重いドアの開く音に反応し、朔耶はそのまま玄関へ向かった。

「…師匠」

玄関で立っていたのは乾月であった。怪我をしている様子はない。
優しく微笑みながら、彼は黙って頷いて見せた。

「師匠…鳴神は?」
「奴の目を晦ます為に別ルートで退散したからね。
 まぁ、彼奴アイツなら大丈夫だよ。深追いもしないだろう」
「そう…ですか……」
「十六夜は?」
「まだです……」
「流石に此処では時間も掛かるよね。朝ちゃんの腕は認めるけど」

思う所は色々有る筈だが、乾月はそれ以上余計な口を挟まなかった。
何も言わずに数回、朔耶の肩を軽く叩く。それだけだった。

更に続く沈黙の時間。時折洩れる、朔耶の深い溜息。
乾月は何度か頷き、やがて意を決したのか 朔耶を見つめて口を開いた。

「お前にも話しておこうか。十六夜の事。
 まぁ…私も色々と調べて知った事も多いし、仮説も多少有るが」
「十六夜の…事……」
「歴史から消された東宮、九条親王の存在から…説明が要りそうだな」
「九条…。確か六条の奴もそう言ってました。
 じゃあ、やはり十六夜は……」
「どうやら其処は確定した様だね。
 十六夜の本名は【九条尊くじょうのみこと】。
 千年程前に時の帝、玄武帝の後継者となる筈だった人物だ」
「次の帝になる筈、だった…?」
「どの時代にもあるクーデターに巻き込まれたんだろうね。
 彼は都を…この街を護る使命を帯びていた。【陰陽鏡】がその証だ。
 そして【陰陽鏡】は、その身に宿せば宿主の身体時間を止めてしまう。
 彼が千年以上生きてこられたのも【陰陽鏡】の恩恵とも言える」
「恩恵? …まるで、【呪い】だ」
「そうだね。呪いの方が正解かも知れない」
「じゃあ…あの六条ってのは……」
「系図を紐解けば答えは出ていた。十六夜にとっては母違いの兄だ」
「実の兄貴…。そんな……」
「お前の言いたい事は解るよ」

乾月は一つ深呼吸を置いた。

「九条尊が夭折されたと云う年に、一人の武士も存在を抹消されている。
 戦場に出るには若過ぎる年齢だったから戦死だとは思えない。
 雲隠れか神隠しに遭ったかの様な記述が残るだけだ。
 彼の名は…【たいらの 朔耶さくや】。平家は…お前の母、弓ちゃんの実家だ」
「平…朔耶……?」
「恐らく彼は、十六夜と共に都を逃げ延びていたんだろうね。
 そして…二人で何処かに隠れ住んでいた」
「たった…二人きりで…」
「平 朔耶は【陰陽鏡】を継承していない。十六夜と同じ時は生きられない。
 だからどの時点かで死に別れているとは思うんだが…
 恐らく、彼を殺したのがあの六条親王なんだろう」
「……」
「漸く解ったよ。十六夜が此処迄隠し通してきた意味を…。
 彼は我々が六条に気付かれない様に、殺されない様にと
 我々の存在を隠し続けようとしていただけなんだと云う事を」
「……」
「全く、余計な御世話だよな。どうせ相見えるなら…
 共に精根尽きる迄 戦う道を選んでいたのに」

乾月の言葉には彼らしくない怒気が含まれていた。
真実を知れば知る程、当時の自分の無力さを思い知らされたからだ。
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