師と弟子

10. 別れ(第壱幕)

時計は深夜の2時を回った所。
漸く治療室から朝露が姿を現した。だがその表情はかなり重い。
部屋に居る朔耶と乾月の顔を数回見渡すと、静かに口を開いた。

って…後2~3日やと覚悟しとき……」
「…ありがとう、朝ちゃん。無理を言って済まなかった」
「出来る限りの事はやった。後は…天に任せるしかないな。
 あんな状態でまだ生きてる事の方が奇跡やわ……」

もう時間は無い。朔耶の中で決意が固まった。
例えどんなにそれが困難な事であったとしても諦められない。
諦める訳にはいかないのだ。

「師匠…。先程の助太刀、感謝します。
 でも俺、やっぱりこのままには出来ません」
「行くのか?」
「はい。例え相打ちになったとしても…
 【陰陽鏡】だけは絶対に取り返してみせます」

乾月は暫く黙ってそれを聞いていたが、
何を思ったのか
次の瞬間、朔耶を思い切り殴り飛ばしていた。

「?!」
「ちょっ、乾月ちゃん…」
「【相打ち】で【陰陽鏡】を取り返せると思うな。
 良いな? 『お前が勝利する』んだ」
「師匠……」
「全く、お前は莫迦な弟子だよ」

殴られる迄気が付いていなかった。
いつの間にか自分が六条親王の気迫に押されていた事。
勝手に【負け戦】だと思い込んでいた事。
言われる通り、そんな思いで勝てる相手ではない。
乾月の、師としての愛の鞭が朔耶の戦う意識を目覚めさせた。

「莫迦な弟子で済みません」
「あぁ。本当にお前は手が掛かる。困ったもんだ。
 だからさっさと帰って来て、私達を安心させなさい」
「…はいっ!!」

病室で眠っているであろう十六夜を思いながら
朔耶は乾月と朝露に深々と頭を下げると
勢い良く玄関を駈け出して行った。

「なぁ、朝ちゃん?」
「何や? 乾月ちゃん」
「私は…酷い師匠だよね。
 朝ちゃんの可愛い甥っ子、死地に送りこんじゃってさ」
「気にすんな。彼奴アイツの決めた事や。誰にも止められへん」

朝露はそう言うと、乾月に愛用のセブンスターの箱を差し出した。
一緒に吸おうと云うのだ。

「私はもう煙草止めたよ、朝ちゃん」
「願掛けで止めたんやろ? もう願いは叶ったんちゃうの?」
「…捜し人は見付かったよ。でもさっき、新たな願掛けしちゃったから」
「…付き合い悪いと、友達出来ひんで」

乾月の願い、朔耶の生還を思うと悪態もその程度しか吐けない。
朝露も又、心の不安と動揺を抑え込む様に煙草を吸い始めた。

* * * * * *

「まだ余を認めぬと申すか? 【陰陽鏡】よ。
 余こそがこの世界の支配者。お前の正当な継承者ぞ?」

十六夜から強奪した【陰陽鏡】を取り込もうとする六条親王だったが
肝心の【陰陽鏡】は鈍い光を発したまま、彼の右手に握られたまま。
【陰陽鏡】はあくまでも十六夜を継承者として認めているのだ。

「忌々しや…。お前迄も余を拒むと申すのか?!」

六条親王はヒステリックな声を上げ、【陰陽鏡】を睨み付ける。
だが、【陰陽鏡】自身は何も変わらない。
鈍い光をシグナルの様に輝かせるだけだった。
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