デッドライン

10. 別れ(第壱幕)

朔耶は蓮杖神社に程近い場所で六条親王と相見えた。
やはり何らかの目的を持って、この男は蓮杖神社を目指していた。
それはきっと、この街の為にはならぬ事。
朔耶は確信していた。此処が正に生死線となる、と。

「今度は前の様には行かぬぞ。援軍も無しで余に勝てるとでも?」
「勝ってみせるさ。
 逆に援軍が居たからこそ、俺には覚悟が足りなかったとも言える」
「ふっ、吼えたな。余を恐れて逃げた者の言の葉とは思えぬ」
「俺にとっては十六夜の生命の方が大切なんでね」
「九条に惚れておるのか。…気の毒にな」
「何?」
「九条は今も変わらず、心は平 朔耶に傾いておる。
 貴様は単に【当て馬】として宛がわれただけの事」
「……」
「哀れな男よ。利用されているだけとも知らずに」
「…俺を揺さぶるつもりなら、見当違いだぜ」
「何だと?」
「解ったんだよ。俺こそが【平 朔耶の転生】だとな。
 千年の時を待ってくれた十六夜の為に、
 今の俺はこの世に生まれてきたんだと」

朔耶の心は左程乱れてはいなかった。何処かで感じていた。
初めて出会った時から、十六夜はずっと【誰か】を捜していた。
そしてその【誰か】を自分の中に見出していた。
しかし、それは決して【当て馬】等では無い。
彼はどんな時も、真剣に【朔耶】を愛していたのだから。

「俺は今度こそ、十六夜の期待を裏切ったりしねぇ…。
 六条、テメェは俺が絶対に叩き潰すっ!!」

朔耶の右手に握られた【村雨】が青白く発光していくと共に
朔耶自身の体も同様の色に燃え上がる炎の渦に包みこまれる。
妖刀【村雨】との意識共有が漸く完全な形となったのだ。
流石にこれは六条親王も面白くなかったらしい。
苦々しい表情で朔耶を睨み付ける。

「此処から後には一歩も退けねぇ…。
 此処には俺の護るべきものが山程有るんだっ!!」

【村雨】の切っ先は炎と化し、六条親王の作り出す結界を貫通した。
六条親王が業火から身を交しながら反撃に出る。
朔耶も又、真っ向勝負でそれを正面から受け止めた。

* * * * * *

「駄目だ! こんなに探してるのに奴の弱点一つ出て来ない!!」

焦りから大声を上げ、寿星は頭を抱え込んだ。

「時間がねぇってのに! クソッ!!」
「焦っても仕方が無いだろ? とにかく探すんだよ!」
「解ってるけどっ!」

苛立つのは繊も同じだ。巻物を紐解き、目を通すがどれも違う。

「六条親王に関わる事、【陰陽鏡】、この都に施された結界。
 どれか一つでもヒントが有れば……」

神楽も又、焦っていた。
時間が無い。今日か、それとも明日か。
十六夜の生命の灯が消える迄に
何としても見付け出さなければならない。

「もしかすると…八乙女家では無く、他の家に…?」
「え? どう云う事、神楽?」
「宮家に縁の有る、今も現存する家系は他にも在ります。
 ですから…多分そのお宅に在る文献になら残っているかも」
「今から? どの家がそうなのかを探す事からじゃ…流石に…」
「兄ぃの母ちゃんの旧姓、平…だった様な。弓ちゃん、そう言ってたから」
「平家! ならば可能性は大きいですわ!
 九条尊のお母様は平家の流れを組むお方。もしかすると…」
「なら急ごう! 深夜訪問の失礼は百も承知だ。
 こっちにはもう時間が無い!!」

繊が、寿星が大きく頷く。そんな3人の元に一羽の鳩が舞い降りた。

「鳩?」
「式神だね。でも、一体誰が……?」
「十六夜さんの鳩さんではありませんね」

鳩は3人の頭上を数周廻ると、道案内するかの様に飛び立つ。

「あの鳩さんを信じて付いて行きましょう」

藁にも縋る思いで3人は鳩を追って走り出した。
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