10. 別れ(第壱幕)

火産山の麓にひっそりと存在する小さな庵。
式神の鳩は其処迄3人を案内すると、フッと姿を消した。

「消えた?」
「役目を終えたのでしょう。やはり誰かが此処を案内したかった様です」
「そんなまどろっこしい事しなくても…」
「いえ、これだけの警戒は必要でしょう。
 六条親王の恐ろしさを知っている人の行動だと考えれば納得ですわ」

神楽はそのまま庵に足を踏み入れようとしたが、これを寿星が制した。

「寿星さん?」
「俺が行く。神楽ちゃんは繊と待っててくれ」
「でも…」
「俺だって何かの役に立ちたいからな」

寿星はそう言って笑うと、怖気づく事無く庵に足を踏み入れた。
中は真っ暗で最初は何も見えなかったが
やがて目も時間と共に慣れていく。

「誰も居ないのか…。ん? これ……」

其処に落ちていたのは一本の巻物。
かなり年季の入った物の様だ。

「これか……っ!」

寿星は巻物を掴むと大急ぎで庵を飛び出す。
彼が庵を出た瞬間、其処に在った庵そのものが霞となって消え去った。

「幻? でも敵意は感じなかった…」
「誰かの術の様ですわね。寿星さん、それは?」
「中に落ちてたんだ。きっとこれを渡したかったんだと思う」
「見せて頂けますか?」
「頼むよ。昔の文字なんて、俺じゃ読めねぇもん」

神楽は灯りを照らしながら静かに巻物の文章に目を通した。
そして思わず息を飲む。

「どうしたの? 神楽」
「繊…。九条尊の…十六夜さんのお母様は確か…
 平家の血を引いていましたよね」
「あぁ。それが?」
「お母様の父方は【賀茂かも】家。間違ってませんよね?」
「確かそうだった筈。
 賀茂家の父と平家の母の間に生まれたのが
 十六夜のお母さん、【壬生の女御みぶのにょうご」だって…」
「…十六夜さんが【陰陽鏡】を継ぐ事は、
 決まっていた事なのかも知れません」
「どう云う事?」
「【陰陽鏡】を生み出した陰陽師の一人は【賀茂かもの 礼惟のりただ】。
 この巻物を残した人であり、そして彼は…十六夜さんの御爺様です」
「えっ?!」
「それじゃ爺さんは、孫にこんな厄介な物を押し付けたって事かい?」
「そうなりますわね。全ては『都を護る為』に……」
「……」
「本来【陰陽鏡】は陰と陽、2つの鏡となる筈でした。しかし…」
「現存するのは1つ…って事?」
「はい。陰と陽が入り混じって今の姿になってしまったと。
 ですので、行使するには2つの属性を併せ持つ必要が有るそうです。
 しかし人は陰か陽、どちらかにしか属せません。
 それは十六夜さんも例外ではない…」
「不完全な物を作っちまったって事か。で、それを六条が狙ってる…」
「どうすれば本来の形に戻るんだ? 書いてある?」
「載っております。しかし……」
「ん? 何?」
「【陰陽鏡】を一度砕くべし。そうとしか記されていません…」
「それじゃ十六夜を助けられないじゃねぇか!!」
「そうなんです…。十六夜さんを助ける術にはならない…」
「そんな……」
「何を意味して私達にこの巻物を授けてくれたのかは判りません…。
 ですが、これも一度乾月さんと相談する必要が有ります」
「そうだね…。砕くにしろ何にしろ、先ずは手に入れないと…」

3人は顔を見合わせた。最早溜息しか出なかった。
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